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四皿目 絵画王子
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しおりを挟む俺が飛び退いたのと、アゼルが攻撃したのは殆ど同時だった。
それぞれ違う方向から襲いかかった鎌は、声の主──リシャールの前に出た俺の直前で全てが止まる。
「絵画の亡霊、てめぇのせいで……」
俺の背中に守られるリシャールを睨みつけるアゼルは、ほんの一瞬風に吹かれた瞬間、闇夜のような黒い瞳が血の色に染まっていた。
それを見て、なんの恐怖もなくリシャールを庇って立つように見える俺は、血の気が失せ冷や汗が止まらない。
あれは、一度俺を血溜まりに沈めた本気だ。
一見瞳の色以外なにも変わっていないのに、操られても尚俺の意識を刈り取りそうな殺気を醸し出す。
アゼルは攻撃してこないが、こちらだって指先一本手が出せない。
だが背後のリシャールは意にも介さず、自分の前に両手を広げて立つ俺の腰に、後ろから親密に腕を回した。
『ダメだろう? 攻撃したら、こんなに私と密着している姫が死んでしまうよ。それに、物理攻撃は効かない』
「リシャール、挑発したらだめだよ。アゼルは最終形態だ。俺じゃ勝てない。お前を守れない。あぁ、なんて悲しいんだ」
『それは困ったね、私も悲しいよ』
指先一本、自分じゃ動かせない。
抱きしめられ、耳元で悲しそうな声をかけられながら体をなでられる。
振り払うこともできずに、アゼルが握りしめた拳から血を流しているのを、見ていることしかできない。
流した血は絨毯に溢れる前にアゼルの手へ戻るが、突き刺さった爪に阻まれひたすらに零すだけ。
信じると、言ってくれたのに。
アゼルはなにも言わないくせに矛盾した行動ばかりする俺を、それでも嫌いになれずに泣きながら信じたのに。
『動かないでくれよ』
「……返せ」
鎌がダメならと、ふわりと霧状の魔力を忍ばせようとしたアゼルの動きに、リシャールはすぐに微笑んで待ったをかけた。
ドスのきいた、冷たい要望だ。
リシャールは呆れたようにため息を吐いて、諦めていないアゼルに困り果て、首を傾げた。
『姫はもう今や、殆ど姫だ。最高難易度の天使の聖法で作られた私の選んだ、姫なんだ。であればさっさと捨てて、違う人間を愛したらどうだ? そうしたら、君はこんなことをしなくていい。お互いの為だろう? この部屋の結界を解いてくれ。姫を私の世界につれていけない』
「そのふざけたことを抜かす口を、今すぐ削ぎ落としてやろうか? 物理が効かないなら、闇の世界へ落としてやるよ。入ったら二度と出られない、永遠に暗闇の世界へ。俺はシャルを避けて、お前だけを狙えるぜ」
『ふむ……やっぱり魔王は、怖いね。姫、そんなこと可能なのか?』
「わからない。でもアゼルは本当は魔法が一番得意で、剣も鎌も手っ取り早いから使うだけだ。やれると言うならきっとやれる」
『ほうほう……そうしたら姫はどうする?』
「リシャールを追いかける。お前が死んだら俺も死ぬんだからな」
「ッ!」
『ふふふ……当然の理、王子と姫が死する時は共にだ』
死ぬ、というと、アゼルは目に見えて動揺し、展開していた闇の魔力をゆっくりと自分の中に戻す。
心の中で、俺は必死にそんなことを気にするなと願うが、届かない。
足手まといは嫌なのに、またお前の邪魔になっている。
あんなに傷つけて泣かせた俺なんて、もう捨ててしまえと叫んでも、呼吸一つ自分じゃできない。
どうして俺なんだ……?
もう、解放してくれ……!
俺は、今すぐアイツの元へ帰りたい。
涙を拭って、謝って、事情を話して、全てを伝えて、裏切りの罰をいくらでも受ける。
最早、この気持ちだけが俺のモノ。
──アゼルを愛するこの気持ちだけが、唯一俺を俺たらしめている真実だ。
愛してる、リシャール。
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