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四皿目 絵画王子

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 ふるふると弱々しく首を横に振り、一歩前に出てテーブルの破片を踏む。

 パキッ、と欠片が足の裏で砕けた。

「違う……違う、違うッ! 違うんだ……ッ!」
「じゃあどう違うんだ、言えよッ!」
「あれは体が動かなかったなにもなかったッ! 本当は殴りたかった本当に俺にはお前だけだッ! 嫌だった信じてくれッ! ッ、クソッ、クソ……ッ! なんなんだ……ッ!」
「なんなんだは、お前だろ……ッ! 信じたい、信じたい、信じたいんだ俺はッ!」

 お互いに酷い顔で、叫ぶ。

 ──嫌だ、嫌だ、嫌だ……ッ! なんで俺の言葉を奪うんだ……ッ!?

 口を開けば傷つける。なにも言わなくても傷つける。もう嫌だ。

(俺だって信じて欲しいに決まってる。でも言葉が全部、俺のじゃなくなるんだ……ッ! 違うのに、あんなの、したくなかったッ!)

 悔しくて悔しくて、足元の大きな破片をバキッと踏み潰す。

 握りすぎた拳に爪が食い込んで痛い。

「なら、信じてくれ……ッ! 俺が愛してるのはお前だ! お前だけだ!」
「っ! ふっ、ウ、ゥゥ……ッ! アァぁ……ッもう、辛い……苦しい……ッ! お前を愛して、俺は初めてこんなに、痛い……ッ!」
「ぁ……」

 滅茶苦茶なことを言う俺の言葉を聞いて、アゼルは俺が近づいた一歩分を後ずさり、よろめいた。

 苦しそうに呻いて、胸を押さえている。

「ご、ごめ、アゼル……っ」

 俺は辛そうなアゼルを見て、ハッとした──だが伸ばした手は、パシッと弾かれる。

「他を愛したなら、俺をまた愛してくれるように、閉じ込めようとした……。でも、俺を愛してる……? なら、なんでだ……? なんでそんなに、俺を惑わせる……? それじゃあ俺は、どうしたらいいんだ……?」

「アゼル、アゼル……ごめん、ごめん……っ泣くな……アゼル……ごめん……っ泣かないで……っ」

「酷い男だな、お前は。なにも答えてくれねぇのに、俺に馬鹿みたいに信じろって? 残酷にも程がある、愛してるから目を瞑れって。俺がそう言われたらなんでも許すって? 心の中で、馬鹿な男だと嘲笑ってるのか? ハッ……舐めたもんだ」

 ポタ、ポタ、と絨毯に落ちる雫。
 恨みがましく責める声が掠れていく。

 弾かれた手をもう一度伸ばして、よろりとよろめきながらも前に出る。

 俯きながらもアゼルは俺の手を弾き、それでも尚追いすがると両手の手首を捕らえられた。

 ゆっくりとあげられた顔の白い頬を、涙が流れ落ちる。

 息が、止まりそうだった。

 俺はどれだけ馬鹿げたことをコイツに言っていたのか、今すぐ舌を切りとってしまいたくなった。

 泣きたくてたまらない。
 たまらないのに、そんな資格はない。

 この世で誰よりも幸せでいてほしいのに、どうして、こんなに傷つけたのか。

 どうして俺は、無力なんだ。

 たかだか絵画の制約に縛られ、抗うこともできず、やるせなさに憤って、一番大切な人のたった一つの大事な気持ちを都合よく頼る。

 信じてほしいなんて軽々しく聞こえる言葉を言って、それを信じることが、今の彼にはどれだけ苦痛なことか。

 どこまでも透明に愛し続けることがこんなに難しいとは、思わなかった。

 俺が今まで日々積み上げてきた愛の言葉は、盲目的に愛することしかしていなかったからだ。

 一つ、間違っただけであっけなくすれ違うような心。

 綺麗なだけじゃすまない。
 痛くて苦しくて、不安で恐ろしい。

 それが愛するということなのか。


 呼吸を忘れて震えながら自分を見つめる俺を、アゼルは表情をなくして泣きながら見つめ返した。

 それから自嘲気味に笑って、掴んだ手首の、左手をそっと自分の口元に寄せる。

 結婚指輪に落とされた唇はすぐに離れて、歪んだ弧を描いた。

「ここまでされても、俺はお前を、愛してる……お前の言葉は、ちゃんと……信じる……これでいいか……?」
「は……っぁ……ぁぁ……っ」

「これで、まだそばにいてくれるだろ?」

『──無理だな』

 突然響くのは、いるはずのない他者の声だ。

 途端ビクッ、と身体が大きく跳ねて、俺はアゼルの腕を振り払い、声のするほうに飛び退いた。



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