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四皿目 絵画王子

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 俺の祈りが届いたのかそうじゃないのか、わからない。

 苛立った様子で額を押さえ、しばしうなり声を上げたアゼルは、それでも鋭い目付きのまま顔を上げた。

「アイツはッ、あの絵なんだろ……ッ? 妖艶の魔王の、集めた絵画の、一つ……どんな奴でも、目を合わせたら恋に落ちる。そういう噂が、昔あった……らしい。て、天界の、愛の天使が描いた、至宝……ッ! でも、お前は、違うだろ……?」
「っ、……アイツとはなにもないからっ……なにもないんだ……ッ」

 あぁ、リシャールのことをやはり、調べていたのか。

 きっとその噂は、俺と同じ状態になったのだろう。

 必ず恋するのではなく、すり替えられるだけだ。でもそれを誰も、誰かに伝えられなかったんだ。

 ──誰もが恋に落ちるような美しい絵画でも、俺はそうはならないはず。

 それ程愛し合っていただろう? と言うアゼルの懇願がよくわかっても、俺は真実を話せずに首を横に振る。

 言っても、どうせ違う言葉になる。
 ならなにもないと言うしかないだろう。

 ガタンッ、と音を立てて、アゼルは立ち上がった。

 テーブルに両手をバンッ、と置き、焦りと苛立ちと困惑と、悲しみの混じったくしゃくしゃの表情をする。

 今にも怒鳴り散らしてあたりを破壊してしまいそうな凶暴な衝動をねじ殺しているのが、誰の目でも明らかなくらいだ。

 けれど俺はそれを歯痒い気持ちで黙って見上げて、遣る瀬ない胸中を吐き出せず、頼むからわかってくれと祈るしかない。

「なにもないってのかッ!? お前が、宝物庫で選んだんだッ! 頼むから、頼むから言えッ! 脅されてるのか……? 言ったら酷い目に合うのか……? そうならないように、頑張るから、言ってくれよ……ッ!」

 ガタンッ! と終わらない堂々巡りに、焦燥感から俺も立ち上がる。

「そうじゃないッ! そうじゃないが……ッ! なにもないから、言うこともないだけだッ!」
「深夜に侵入してくるただの知り合いだって言うのかよッ!?」
「あぁッ!」

 後ろめたさを誤魔化す為に目を逸らしながら言い切ると、バキッ! とテーブルが砕けた。

「ッ」

 力加減なんて知らないように叩きつけられた拳が、いつも二人で食事をしながら話すテーブルを、真っ二つにしている。

 二人の思い出を砕かれたようで反射的にキッとアゼルを睨むと、同じくキッと睨みつけられ、その目に光がないのが見えた。

 その目の力に──ドクン、と鼓動が早まるのがわかる。

 途端、急速に血の気が引き冷や汗がつたって、恐怖に体が震えた。

「なにを言ってるのか、わかってんのか……?」
「く……っ」
「お前はッ! 俺が昨日真っ先に心の在り処を確かめた時、それが不変と語り合った舌の根も乾かねぇうちにッ! 人目のない時密かに逢瀬をしてキスする男と〝なにもない〟って言ってんだッ!」
「! ち、違うッ! あれは違うッ!」
「なにが違うんだよッ!」

 アゼルの身体から一瞬ブワッと黒い魔力が滲み出て、睨みつける魔眼の力が強くなった。

 だが脳髄を襲い来る恐怖より、その言葉が衝撃をもたらす。

 ──あの時、見てたのか……ッ!?

 咄嗟に否定するが、どうしようもない。

 どうしたって裏切りのあの行為を、なにも言わなかったアゼルが、本当は見ていた。

 見ていたのに問い詰めることもなく、攻撃することもなく、黙って手を引いて歩いていたのか。

 上書きのキスを断られた理由が……痛いくらい、わかった。
 たった一晩前に現れただけの憎い男と、親しくしている。

 俺の言葉は全部嘘に聞こえるだろう。

 それでもこうして、事情を聞き出そうとしていた。だが俺にはなにも言えない。

 自分が青ざめているのがわかる。
 怯えだけでなく身体は震え、耳の奥で心臓がうるさく暴れている。



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