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四皿目 絵画王子

21(sideアゼル)

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 嫌な悪寒で目が覚めた。

 そして隣に誰もいないと気づいた瞬間、俺は全身が凍りついたような心地で、今日訪れる予定だった場所へ向かったのだ。

『シャル。君が許しを与えたから、私は絵から魂を現世に持ってくることができたんだ』

 跡形もなく消してやりたい霊体の言葉。

 絵、絵、絵。
 絵と言えば思いつくのは、城に飾られたいくつかの絵画。

 だがどれも昔からあるもので、霊が現れたなんて噂も聞かない。

 とすれば最近飾った絵だ。
 そんなものはただ一つ。

 シャルが宝物庫で選んだとライゼンが言っていた北館の絵画だけ。

 ライゼンはあの後この絵を北館の階段に飾ると持っていったから、どんな絵画かは知らない。

 だがシャルが選んだ、絵だ。

 最初に疑うべきところはそこしかなかった。
 違うかも知れない可能性から精査する時間はなかったのだ。

 走りながら考えると、なにか……庇わなければならない事情があるのかと思った。

 昨日のシャルは真剣だったから。

 真剣に、アイツと殺し合うなら相手になると言っていた。

 そんなに大事なのかと、嫉妬と憎悪でおかしくなりそうだ。
 だがすぐにシャルは、俺を愛していると言った。

 どうでもいい奴の言葉なら与太だと笑うが、それはアイツの言葉だから、俺は信じた。

 気持ちが俺にあるなら、なにか別の問題があるのかもしれねぇ。

 それでも許す気なんてさらさらないし殺意しかないが……シャルの事情なら別だ。

 俺の事情なのだ。
 もちろんちゃんと聞く。

 だって、我慢ならない。
 俺とお前に他が介在するのが、どうしようもなく我慢ならねぇんだよ。

 アイツは俺を裏切るような奴じゃない。
 俺が選んだ唯一絶対不変の宝だ。

 愛されている。


 冷え切った廊下を、音を立てないように慎重に走った。

 もしもそこにアイツがいたならば、絵画ごとこの世から消そうと思っている。
 それには急ぎながらも、静かであるべきだ。

 北館の階段にはすぐに辿り着き、絵画がある筈の踊り場を覗き込もうと壁に手をかけ、勢いで身を乗り出す。

「ッ……」
『フフ、』

 だけど、でも。
 頭の中が、真っ白になった。

 見たくはない。信じられる訳もない。

 ヒュ、と喉を鳴らした俺と目が合えば、嘲笑うように口角を上げた昨夜の霊体が、瞬きする間に霧散する。

 だが間違いなく、その一瞬。

 シャルとアイツがキスをしていた。

 ──俺は、お前だけなのに。
 ──お前は、……お前は……?

 心臓が痙攣したように、吸った息を吐くことができない。

 壁についた手が震えた。
 音もなく唇を動かして「シャル」と愛おしい名前を呼ぶ。

 シャルは、抵抗もせず甘受していたように見えた。

 視線に気づいたシャルが、そっとこっちを見て申し訳なさそうな顔をする。

(申し訳ない? なにに? なにが? ──俺が?)

 なにをしているんだと、責め立てることはできなかった。

 確信に触れたら……バレたなら仕方ないと、お前は俺から離れるのか。

 愛すると言う感情を与えておきながら、俺を捨ててしまうのだろうか。

「勝手にフラフラすんなよ……」

 目が合って、当たり障りのない言葉をなんとか吐き出した。

 ──なあ頼む、説明してくれよ。
 お前がそうしていた事情があるんだろ?

 こんなところにいるのを知ったんだぜ、お前はもう黙ってられない筈だ。

 俺に隠し事なんて、お前が上手くできるわけねぇんだ。

 すぐにでも焦りだして、違うんだこれは、と情けない顔でとつとつと事情を語りだすに決まってる。

 ほら、昨日の今日だ。
 諦めて早く真実を教えてくれよ。昨日あんなに弱ってたじゃねぇか。

 俺を愛してるんだろ?
 なら他の奴にキスなんて、お前がされて平気なわけないだろ? なぁ。

「ごめん、起こしたら悪いと思ってな」

 困ったように謝るシャルは、俺をじっと見つめながらも、なにも真実を語らなかった。

 穏やかに「部屋に帰ろう」なんて。
 なんでもないように言ってくる。

 聞きたくなかった。
 お前がどういう時にコレをするのか、あの日の瞳を知ってるから。俺は。




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