本日のディナーは勇者さんです。

木樫

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四皿目 絵画王子

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 髪も少し乱れ夜着のままのアゼルが、急いで駆けてきてくれたのがわかる。

 けれど俺はそれについて触れることもなく、自然と足を進めて、普段通りに階段を登っていく。

 お前は、朝に弱い筈だろう。

 なのにこんな白々しい冷えた空気の中、お前は俺を見つけたのか。

 お前からすると何一つ状況がわからないのに、迷わなかったのか。

(……っあぁ……)

 その気持ちを考えただけで、全てを吐き出し抱きしめたくなる。

 だが目の前に来ても、俺の中身はちっとも出てこない。

 行動まで操られるようになってしまったことを、伝えたくても動けない。

 だって、笑い方も歩き方も、俺そのものだ。

「もう目が覚めたから、帰ろう。迎えに来てくれてありがとうだ」

 勝手を咎めて心配する言葉への返事も、アゼルの目の前に立って部屋に帰ろうと声をかける言葉も、本人が違和感を感じないくらい俺なのだ。

「……、……」

 アゼルはぎゅっと眉間にシワを寄せて傷一つない俺を見つめてから、俺の手を掴み、元来た道へと引っ張り始めた。

 手をつないで歩く。
 互いの体温を感じる触れ合いはある。

 怒鳴って馬鹿だと怒られもしないし、愛想が尽きたと険悪にもなっていない。

 ただ彼は、いつものように抱きしめることはなかった。

「絵画は」
「ん? そんなものはなかったぞ」
「……そうか」

 早足で強引に俺を引っ張り歩くアゼルは、それ以上なにも言わない。

 その言葉だって俺の返事じゃないのに、俺が後ろめたくなくそう言うとしたら、同じトーンで同じ言葉を同じ表情で告げただろう。

 アゼルが口にした絵画と言うワード。
 それがここに辿り着いた根拠だ。

 リシャールは絵から出たとしか言ってなかったのに、まずここを疑ったのか。

 だが、その絵がない。
 俺がなにかしたのは……わかっているはずなのに。

 尖ったガラス片で心臓を突き刺されたような痛みが胸を打った。

 静かな廊下を二人きりで歩きながら、俺は繋がれた手を強く握り返す。

「っ、ぁ……」

 ピクリとも動かなかった筈が手の力を強められ、体が動くようになったことがわかった。

 だが、伝えられない。

た、助けっ少し歩くのが早い……」
「、ん……悪ィ……」
「っ……いや、いい。大丈夫だ」

 言わないといけない話はたくさんあるのに、思わず弱々しい本音が口をついた。

 けれど当然、それは違うものにすり替えられる。
 異常をきたしているとわかる行動は、全部ダメだ。

 振り向かずにただ前を向いて歩いていたアゼルは、俺の言葉に漸く振り向き、珍しく素直に謝罪をして少し歩く速度を緩めた。

 ぎゅっと手を握りしめて、俺は急いで隣に立って歩く。

 追いついているのかはわからない。

「シャル……今日は、仕事するな。部屋にいろよ。前と同じ結界、張る。……俺はやることがある」
「あぁ、わかった。俺は他に、部屋を出る用事はない。絶対に出ない、絶対だ」
「そうかよ」

 アゼルの返事がいつもより冷たくて、俺は歯がゆさで身を掻き毟る思いだった。

 だから〝部屋を出ることはない〟と強く伝えることで、出た時は俺の意志じゃないとわかってもらおうとする。

 それが伝わったのかもわからないが、これしか出来ないのだ。

 柄にもなく不安になって前を向いているアゼルの表情を盗み見ると、その目は薄暗く鋭利に見えた。



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