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四皿目 絵画王子

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 一人殺して、部屋の隅で嘔吐し、悪夢に魘された。
 二人殺して、一晩中震えて謝り続けた。

 三人殺して、四人殺して、その先はもう、僅かに眉を顰めるくらい。

 本当はアゼルがこんなに大切に守るような、綺麗な生き物じゃないんだ。

「俺は勇者という名前の、人を殺す仕事をしていた。殺した数を覚えていないような、薄情な男だ。確かに俺自身はなるべく命を奪うことはしたくないが……居場所の為の仕事だと言われれば、殊勝な顔で剣を振るう。いっそ笑顔で突き刺せばいいのに、下卑た性根だ」

 そう。
 一度は居場所の為に会ったことも恨みもないお前を殺そうとした、薄汚いクズ。

 俺はお前のモノ以外にもなれる。
 お前のモノでありたいだけで。

「生きる為でもないのになにかを殺すのは嫌だから止めるだけで、可哀想だからじゃないぞ。普通の人間だからな……。臆病な俺にとっては、わかっていてはっきり選ぶお前のほうが綺麗過ぎて、……少し、眩しい」

 心にもないことをなぜか吐き出して、お前の目の前で他の者を庇う俺を、アゼルは不貞だと怒るでもなく、心の矛先を不安がった。

 俺を悪く微塵も思わない不変の味方でいてくれるのは嬉しくてたまらないが、同時に心配なんだ。

 もし俺が、この気持ちまで見えないなにかに縛られて〝愛していない〟なんて言い出したら、どうなってしまうのか。

 俺はそれが恐ろしい。

 閉じた目を開いて、息を吐く。
 それから脱力気味に微笑んで、もう一度目を閉じる。

 お前がまるで俺を責めないから、夢を見せているような気がしたんだ。

 だからそんないい人間じゃないんだ、自分の過去の汚い部分を教えなければ、と妙な気分になって、余計な話をしてしまった。

 あまり愉快じゃない話。
 お互いの綺麗な部分しか目に入らない。

 事実そうとしか思えないし、俺達は小言を言い合う喧嘩すら呪われないとしないのだ。

(……だから、俺は怖いのか?)

 いや、変な気分は置いておこう。

 俺の痕跡を集めて宝物庫で大事に守るようなアゼルのことだ。

 きっとまた泣いてしまう。
 もしこの恐怖が現実になるなら、抗おう。懸命に。

「綺麗じゃない。……普通の人間。小石なんだから、盗られやしないぞ」

 笑みを浮かべてそう言って、ふと思い出した。

 祖母の家の犬は、犬小屋に宝物を隠していた。小屋を掃除しようとすると、略奪者だと思って唸る。

 黒い毛並みのあの犬に、アゼルは似ているかもしれない。

 まったく、純粋な愛情だ。心地いいよ、お前の腕の中は。
 俺の居場所だから。

「俺を愛して不安になるなら……少しぐらい、俺を心から追い出したほうがいい」

 眠気も手伝って、冗談交じりに言った言葉は甘ったれた響きを持っていた。

 でも傷つかせるくらいなら、薄めてほしいのは本心。
 お前の前では格好つけていたい。

 さっきの出来事も、リシャール自体は悪いモノではなさそうだった。

 攻撃されて困った様子だったし、夜分に訪ねるのは悪かったとわかったみたいだ。

 だがどうにも、リシャールを守る為に俺の言葉が、身体が、変になった。

 嫌な力が働いているのは確実だ。

 それはリシャールが消えた後も言葉がすげ替えられおかしくなった説明ができなかったことから、彼がいるいないは関係ないとわかる。

 自分の意思ではないが、愛する人を傷つける様な事を俺はまた言うかもしれない。

 そうならない為にも、俺の言葉を真摯に受け止めないくらいには、薄めていてくれたほうがいい。

 アゼルに悲しみを与えるなんて、ましてそれが自分だなんて、許せそうにないんだ。



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