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四皿目 絵画王子
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しおりを挟む唇を離すと、ヒョイと軽々しく抱えられベッドにゆっくり下ろされる。
肩まで深く上掛けを被り、柔らかなシーツの感触に身を委ねた。
隣に潜り込んできたアゼルの腕の中でしっかりと抱きしめられながら、床につく。
寝返りも打てない程閉じ込めるように強く、背中へ両腕を回され、アゼルは俺を抱きしめた。
いつもは頭と腰を抱き寄せるくらいなのだが、今日はやはりおセンチになったのだ。
柔らかなベッドと暖かい腕に包まれ、脳はすぐにうつらと眠気に蝕まれ始める。
アゼルは俺の短い髪に頬を寄せ、眠りの邪魔にならないように気遣った小さな声が、ボソボソと弱音を吐いた。
「さっきは……ちょっとだけ、怖かったんだ。人間ルールじゃ、俺の短気はよくないんだろ? だから優しいお前が、殺すの嫌がるのはわかるけどよ。アイツは……俺からお前を奪おうとしたんだぜ……酷いだろ? ……お前は、俺のもの以外にはなれねぇのにな……」
子供のような拗ねた声色だ。
だけどそれだけ、不安だったんだろう。
「俺は……お前しかいらないのに」
当然そうに決まっている。
そういう呟きだった。
アゼルの当然はいつも変わらない。
繊細で一途な思い。
不器用な俺からするとそれは、なんて無垢で歪なんだと、思う。
アゼルは……きっと、自分から大事な人が離れていくことが、人に囲まれて暮らしてきた人より、ずっと怖いんだ。
だから、一生懸命威嚇している。
盗らないで、そう言っている。
孤独という言葉を知る前に孤独だった彼を思うと、俺はいつも少し、泣きたくなった。
百年以上自分以外の心を持つものと接していないというのは、どういう気持ちか俺にはわからない。
アゼルが魔物から存在進化したのか、魔族の両親から生まれたのかも、知らない。
正確な年齢も知らないし、いつから魔王をしているのかも知らない。
俺はアゼルの過去をよく知らないし、アゼルも俺の過去をよく知らない。
だが、恩人の言葉を大事に生きていることは知っている。
どうしていいかわからなくて周囲の悪意と畏怖に困惑し震えていた彼は、自分を思って見つめ返してくれる人だけを、殊更大切にするようになった。
指針を決めて、ブレないように。
そうやって選んだ大切だからこそ、それがなくなってしまうのが怖いんだと思う。
俺の前でなるべく物騒なことをしないようにしているのは、殺すことを躊躇しない上に容易な存在が、恐怖の目で見られることを嫌と言う程知っているからだ。
「優しくない……」
眠気眼をゆるく瞬かせて、額を厚い胸板に押し付ける。温かい。
「優しいから殺さないんじゃないんだ……お前は、俺を綺麗なものだと思いすぎている。アゼル──俺は、結構残酷だぞ」
わざと含み笑いを込めて言った。
閉じた瞼の裏は真っ暗で、俺の声を聞いたアゼルの表情はわからない。
後悔しているわけじゃないが、俺は……魔物より人間を多く殺した。
アゼルには言っていないし、魔界ではそんな仕事とは程遠い職を得たから、血の匂いはしないと思う。
本当のところ、臆病者は残酷だ。
戦争で殺した。
仕事で殺した。
たくさん殺した。
理由なんて、多分なかった。
言われるままに殺した。
憎いからでも、気に食わないからでも、復讐でもなんでもなく、人の指示で他人を殺す。
最低だ。なんて始末が悪い。
たったの八年で、何千人と殺しただろう。
そんな世界とは無縁だったのに、変わってしまうものなんだろうか。
それとも俺が元々、そういう人間だったのだろうか。
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