本日のディナーは勇者さんです。

木樫

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四皿目 絵画王子

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 そんな手も足も自分の意思で出せない俺の言葉に、俺と同じく拒絶反応を示したのは、当然。

 立ちはだかられる、アゼルだった。

「な……、……っシャル……!? お、俺にお前と戦えって言うのかよ……ッ!」

 驚愕と、それからすぐに泣きそうになって、ぎゅうっと眉間にシワを作る。

 当たり前だ。
 仮に本気で戦ったとすれば、アゼルは俺を殺せるのだ。嫌に決まってる。

 うっかりでだって傷つけたくないのは、同じなんだ。

『はは。私は構わないぞ?』

 心と言葉が一致しない状況に混乱する胸の内を知らずに、リシャールは切っ先すら向けられないアゼルに、うっそりと微笑んで見せた。

『私が消滅するか、シャルの愛子が魔力を切らすか、試してみようか?』
「あ? もとよりそのつもりだ。お前はこの手で消す。今すぐ」
「駄目だ」
「っシャル……っ」

 アゼルはリシャールを冷えきった殺意で突き放すが、俺が止めると途端に動けなくなる。

 なぜだ、とアゼルの黒い瞳が揺れているのがわかった。

 わかっているのに、俺はなぜかリシャールを庇っている。
 わけがわからない。

『ふふふ……しかし、今日は訪ねるには夜遅かったね。シャルの言う通り、日を改めるとする』

 始まりと同じく終わりも突然。

『それでは、仲睦まじいお二人よ』

 困惑する俺達を置いて申し訳なさそうに頭を下げたリシャールが、瞬きする間に霧散していった。

 引き止め、声をかける暇も余裕もない。
 見慣れた室内は、打って変わって静まり返る。

 二人の間に疑惑を残して、酷く冷え冷えとした沈黙が訪れた。

 唯一稼働する脳を使い、困惑を吐息に吐き出す。

(……なん、だったんだ……今のは……)

 アゼルよりリシャールを庇うなんてありえないのに、どうして。

 俺は思ったことと真逆のことしか、言えなくなってしまったのだろうか。

 そんなことはあるのか?
 もしかしてまた、呪われてしまったのかもしれない。

 焦燥する思考の中ふと手元を見て手が震えていることに気がついた。

 ピクリとも動かなかった体が、思う様動かせるようになっていたらしい。

「っ」

 ハッとした俺はすぐに振り向き、アゼルの体をキツく抱きしめる。

「あ、アゼル、俺は……っ!」
「……シャル。なんでアイツ、庇ったんだ?」

 自分の体に抱きつく俺を、アゼルはすぐに受け止め、キツく抱きしめてくれた。

 だが尋ねる声には、悲しげな色がある。

 当然、すぐに自分の身に起こった怪奇を説明しようとした。

 アゼルの悲しみが消えるように、必死に背中に回した腕を強める。
 一秒だって惜しいくらいだ。

「リ、シャールは、俺を、愛する人、だから……」

 なのに。

 言葉はまるごとすげ替えられて、腕の中のアゼルの体を衝撃で固めるだけだった。

 ──っ……どうして、俺は、こんなこと言おうとしていないのに……。

「俺? それじゃあ……お前、愛する人は……?」

 声も体も、僅かに震えているのが伝わる。怖いのか、不安なのか。当たり前だ。

 ああ。見えないものに臆病なお前が、唯一と決めたのが俺だ。

 俺がわからなければ、どうしたって不安になるに決まっている。

 俺がそうであるように、俺達はお互いどちらが欠けても生きていけない。

 生きていけるだろうが、世界の色はなくなってしまう。心が褪せてしまうのだ。

 色を知ってしまったから、色なしの世界じゃあダメなのに。

「っ……決まってる」

 たまらなく胸が痛くて、俺はアゼルの左手を掴みそこに嵌るプラチナの指輪を恭しく額に抱いた。

「お前だけだ。俺の愛する人は、アゼリディアス・ナイルゴウン。お前ただ一人だけだ。愛してる、アゼル」

 瞬きすら惜しんだ真剣な言葉を贈る。

 慎重に言葉を紡いで尋ねてきたアゼルは、ようやく安堵の息を吐き、迷い子のまま消えかけていた表情を緩めた。

「俺も……お前だけだぜ」

 嬉しそうに笑うアゼルに、俺も同じく笑みを返す。

 そうだ、これだけは不変の気持ちだ。
 俺のこの気持ちを縛られることなんて、耐えられない。

 ほっと息を吐く。

 つかの間の騒動を拭うように、優しく抱き合って触れるだけのキスをした。



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