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四皿目 絵画王子

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 その日は、特別月が明るい夜だった。

 アゼルが夜会に行ってしまったので俺は一人、少し遅くまで書庫の小説を読み耽っていたのだ。

 しかしそろそろ帰ってくる頃合いになり、部屋に戻ることにした。

 特に浮気等はしないと信頼はしているが一人で部屋にいる夜は少し寂しくなるので、なにか趣味の時間を作ることで誤魔化している。

 その反面、俺の魔王は最高だから当たり前だ、むしろみんな見てくれ、と言う様な気持ちもあったり。

 男心は複雑なんだ。
 夜会衣装のアゼルは特別かっこいいしな。

 そんな思いを抱えながら、勇み足で人気のない階段を登り私室を目指す。

 いつものルートではなく近道の階段を選んでしまったあたりが、早る気持ちを抑えられていない証拠だ。

 その足が階段の踊り場に達した時。

『こんばんは、愛しい姫』
「っ」

 突然、マイク越しの様な耳に響く、篭った声が聞こえた。

 猫撫で声の甘い男の声だ。
 俺は不思議に思い、キョロキョロと辺りを見回す。

 だが犯人らしき人影はどこにもなく、俺はしきりに首を傾げるハメになっただけ。

 そんな様子をどこからか見ているのか、声の主はクスクスと愉快そうに笑った。

『姫、こっちだ。私はこっちだよ』
「……ちなみにその姫というのは、俺か?」
『もちろん』

 腑に落ちない呼び名の疑惑を断言されて、なんとも言えない萎びた気持ちになった。

 どこをどうしてなぜそうなったのか。

 あまり嬉しくないそれに若干肩を丸めながらも、声の言う通りのほうへ階段をもう一区画登る。

 すると踊り場の壁に、見覚えのある絵画が掛けられていた。

 一週間前に宝物庫から持ってきた、あの王子様風の美青年が描かれた絵画である。

 声は、そこから聞こえていたのだ。

『会いたかった。君はなかなかここを通ってくれないものだから』
「このへんは俺の活動範囲じゃないからな……お前は魔族、なのか?」
『私はただの絵だ。絵の、そうだな……幽霊だ。リシャールと呼んでほしい。──それで、愛しい姫の名は?』

 声の主、リシャールはやはりと言うか、甘やかな言い回しで俺の名を尋ね返す。

 うぅん、その姫という名称はやめてほしい。

 だがリシャールと言う名に少し親近感が湧いて、警戒心が薄れた。
 俺はこの世界ではシャルだからだ。

「俺は大河 勝流、シャルでいい。ふふ、俺達は名前が似ているな。親しみが湧く」
『それは光栄だ。シャル……綺麗な名前だね。その宝石のような澄んだ瞳に相応しい、涼やかな音だ』
「ん……その王子様然とした言い回しは恥ずかしいので、あまり大げさに褒めないでほしいんだが」
『照れる顔も愛らしい。そしてこれは私の性分だ。こうあるべく生まれたので、生まれつきの性格なのだ』

 耳が痒くなる台詞回しをやめるよう言ってみると、リシャールは居心地悪そうに肩をすくめる俺に絵画のフチをご覧、とまるで気にした様子もなく言う。

 言われたとおり素直に絵画のフチを凝視すると、そこにはタイトルらしきものが掘ってあった。

〝愛する王子、リシャール〟

 ああ、なるほど。

 この愛する、とは、誰かが愛する王子がリシャールなのではなく、リシャールは誰かを愛する王子ということなんだな。

 歯の浮く様なセリフは、そう言う意図を持って作られた王子であるが故の言い回しなのか。

 女性に対してなら、とんでもない凶悪なダブルコンボだぞ。

 イタリア男か。
 現代日本にそんな口説き癖のある美形の男がいれば、間違いなく刃傷沙汰だ。



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