226 / 901
閑話(1・2)
月夜の花に愛されし瞳
しおりを挟む王である魔王が出席するほどの夜会は、盛大な物は年に一、二回あるかないかと言った程度である。
小規模な会合もどきは別としても、情報収集と有権者達の交流という一般的な夜会の目的を思えば、あまりにも少ない。
だが、魔族という生き物は種の能力差が激しい為、個人の差が少ないのだ。
それ故に強者に取り入ろうというような人間じみたことは、あまりしない。
強さの一端として権力を求めることはままあるが、能力で劣るため強行されることは珍しいと言える。
夜会を行う意味はシンプルに誰かの祝いや、ホームパーティ、なにかしらの発表。
後は個人単位の式典的な意味合いが大きいのだ。
数多いる魔族の中で夜会を開くほどの権力者となれば、魔界の貴族──強力な力を持つ種の魔族である。
この日は、魔界軍海軍長ワドラルゲス・ケトマゴの息子、アワヤリゼ・ケトマゴの海軍長補佐官就任祝いだった。
魔王であるアゼルは、夜会の開式時に早々に彼に祝辞を述べるだけが仕事。
後は頃合いまで壁の花として佇み、窓の外の月夜を眺めていた。
──この頃のアゼルは既に、慕われる王とはなにかと迷い、もがき苦しんでいた心を人間の勇者・先代シャルに救われ前を向いていた。
感情を無理に押し込めることをやめ、嫌われてしまえば居場所がない強迫観念も、誰でもいいから誰か、と求めるのも、ようやくどうにか落ち着いたのだ。
自分に価値を持ち、相手にも向き合う。
アゼルはあるがままの自分で魔王を熟していた。
なにを考えているかわからない。
かと言って無礼を咎めることもなく、誰に頼ることもなく、話すことも殆どない。
それが以前の無口で無表情な倦怠。
嘆きの魔王。
温厚な魔王だと言われているが、不気味で近寄りがたい為に、夜会で声をかけられることはない。
だが、自分の意見を口にし、人が変わったように思う様振る舞うようになった今も、彼に声をかけるものはいなかった。
けれど、大丈夫。
何十年そう扱われ、これが寂寞だと知った時には、慣れていた。
慣れてしまえばどうということはない。
──慣れた日々の先に、渇求の再会があると思えば、よりいっそう大丈夫。
アゼルはまん丸とした月を眺め、この瞬間も同じ夜を生きている筈の恩人を思い、待ち焦がれる。
まさにこの世の月夜は彼の為に訪れるかのような、夜色の髪と瞳。
月光のように透き通る肌で形成された容姿は、闇を愛する魔族において、殊更美しく映る。
そして夜の男から発せられる高純度の魔力の香りは、強さこそ魅力である魔族の女性たちを、蠱惑に魅了してやまない。
女性だけでなく、魔力に耐性の薄い歳若い魔族は、不意に視線を奪われたままだ。
だがそれらの視線で串刺しにしながら誰も近寄っては来ないことにも、アゼルは慣れていた。
自分はあまり好かれていないと思い込んでいる理由は、このような状況も一因である。
彼の知る理由は、だが。
──月夜は好きだ。
故郷でもいつも、一人背の高い木の上に寝そべって月を眺めながら、心地のいい気持ちを遠吠えに変えていた。
目を瞑って、昔を思う。
アゼルは気がついていないが、あるがままの魔王となったところで、彼がその豊かな野生の感情を揺さぶられることはあまりない。
理解できないものに興味を持たないアゼルは、周囲からすると変わらず、近寄りがたいのだ。
魔王城を拠点にする上位魔族でなければ関わりがあまりないので、嬉しそうに恩人を語る姿は、ごく一部のものしか知らない。
他者と自己の認識の相違は、アゼルと周囲の距離を開かせる。
以前なら、腫れ物のように距離を取られ一人賑やかな夜会を眺めるのは、拷問に等しかった。
誰でもいいから自分のそばにも来てほしい。
そう願っても、叶うことはない夢。
だが今のアゼルは、毛ほども気にならない。
アゼルは知っていても逸らさずに、恐怖を齎すかもしれない自分の目を見つめて話をしてくれる。
そういう者にしか心を砕かないと、決めたのだ。取捨選択を、得たから。
そうやって限定すると、自分を見つめる目はいくつか既にあった。
取り繕って殻をかぶるあまり、気がついていなかっただけだろう。
相手も自分も、お互いを勘違いしていた。
今回の主催であるケトマゴの家族も、その目の持ち主達だ。
だからこうして窓から月を眺めるのは、今はもう現実逃避ではない。
いつか自分を殺しに来る、運命を思っているのだ。
闇の底から救い上げてくれた恩人。
誰もが知る当たり前のことを知らない愚か者に、寄り添ってくれた。
──彼のそのフードで隠されていた瞳は、自分をまっすぐ見つめてくれるだろうか。
まだ見ぬ彼の瞳に思いを馳せ、魔王の夜会は今日も一人で過ぎていく。
──数年後。
魔王だけを見つめるそれは、どこまでも真っ直ぐで美しい、青みがかった黒曜石の澄んだ瞳。
深い愛情をたたえた、唯一無二の彼だけの優しい瞳である。
閑話 了
44
お気に入りに追加
2,669
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる