207 / 901
一皿目 おはようからおやすみまで、暮らしを見つめる魔王です
12
しおりを挟むそんな緊張のタルト生地を氷室で冷やしてからタルト型に貼り付けて、フォークで表面に穴を開けたらオーブンに突っ込む。
その間にキャラメル、バター、生クリーム、はちみつと、待望のくるみ様を煮込んで後で上に乗せる中身を作っておいた。
くるみが好きなアゼルが甘いものでコーティングされているくるみをじーっと見つめるものだから、つい甘やかしたくなってスプーンで一つ掬う。
「一口だけだぞ? ほら、あーん」
「あっ、あーんっ!?」
バッと両手で口元を押さえて、全力で顔を逸らされた。
嫌なのか? 大丈夫だ。
ちゃんと洗ってあるスプーンだぞ。
アゼルは毎日一回以上はキスしているのに、間接キスは嫌なんだな。嫁の好みは覚えておかないとだ。
スプーンは洗ってあるから大丈夫だぞ、と言うとアゼルはなぜか逆に肩を落としていた。
しかしキャラメルくるみを食べると、黙ってモグモグしながら「悪くねぇな」と呟く。
アゼルの悪くねぇな、は気に入ってくれているということに少し前に気がついたので、俺は頬を緩めるのだ。
焼けたタルト型に作りおきのタルトの中身に大活躍なカスタードクリーム、アーモンドクリームを敷いて、上からキャラメルくるみをぎっしり乗せた。
二種のクリームを使うと魔導オーブンの加減に繊細な魔力操作を必要とするが、流石に慣れているので設定にミスはない。
俺はこの瞬間が、大好きだ。
これを焼くと美味しいお菓子になるのだ。
待ち時間にオーブンから香る甘い匂いも、大好きだ。
自然にやにやしてしまう。
いけないな、でもニヤけが止まらない。
ウキウキとオーブンにタルトを入れて閉めると、アゼルが背中に抱きついて頬を寄せてきた。温かい。
しかしついさっきまで興味津々、俺の手元を真似て感心していたのに、今は少し拗ねている。
「アゼル、お菓子作りはつまらなかったか?」
「お前の好きなもんはなんでも好きだ。料理もしたことねぇし、コレは楽しかった。でも一番お前が好きなのは俺じゃねぇとダメだろォが。浮気はよくねぇぞ」
「浮気?」
楽しんでくれたなら良かったが、浮気と言われて首を傾げる。
誤解だ。
なにがどうかはわからないが、俺はアゼルが一番なのだ。
不安にさせるなんてとんでもないので、くるりと振り返り正面から温かな身体をぎゅっと抱きしめる。
自分で言うのもなんだが、俺はどうしようもないほど手酷く振られない限り好きな人をずっと好きでいる。
損だ馬鹿だと言われるが、誓って浮気はしない。
「俺の一番はいつだってお前だ。この指にはこれ以外の指輪を嵌める気はないぞ。一体俺は誰と浮気したんだ?」
「オーブン」
……アゼルの嫉妬の対象は、無機物も込みらしい。
66
お気に入りに追加
2,688
あなたにおすすめの小説



サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる