本日のディナーは勇者さんです。

木樫

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三章 勇者と偽勇者と恩人勇者。

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 このまま進めば、きっと俺は殺される。そうでなくても、もうこうして地面を踏むことも叶わないだろう。
 だからといって逃げる気は起こらない。魔王城へ戻る気もなかった。

 アゼルは……優しいのだ。

 優しい彼なら俺を追い出したりしない。
 恥を忍んで魔王城へ戻り話し合えば許されるかもしれないことは、わかっている。

 だがそれと同じくらい、恩人の言葉で取捨選択を覚えたアゼルは、要らないと思ったなら容赦をしない冷たい男でもある。

 怒っている姿を見た。
 自己防衛のために、悲しみを齎す者は遮断する。

 人を選択することは、とても辛いこと。
 精神を摩耗する行為。

 けれどそれをしなければ、魔力や立場の強さに対して歪なほど幼く無垢な彼の心はズタズタになる。

 アゼルはズタズタなまま何十年も、それこそ声も出さず、涙も見せず、孤独を孤高と履き違えられ、傷つけまいと黙することを臆病で心無いと揶揄されてきた不器用な魔王。

 国の頂点にいて隣に誰もいない世界を想像すると、涙が溢れた。

 傷だらけで逃げ出した時に抱きしめてくれた恩人は、きっとそれだけ大切で、唯一で、……肩書きだけ同じの異世界人は、なり代われない存在だろう。


「…………」


 カタ、と手が震えた。

 困ったことが起こればいつだって、頭を撚って踏ん張ってきたはずだ。今からでももがけばいい。利口だから理解している。

 怖いんだ、俺は。
 面と向かっていらないと言われるのが。

 ははは、みっともない。
 情けないだろう?
 笑ってくれ、馬鹿馬鹿しいと。

 わかっている。たかが恋だ。
 その程度で大の大人の男が泣いて逃げて怯えている。本当は些細なことだとわかっているんだ。

 いつまでもうじうじとしていてもなにも変わらない。これほど辛くなるくらい愛しているなら、貫けばいい。
 アイツを傷つけた俺は謝るべきで、そしてどうか一緒にいさせてほしいと縋りついて、いつまでだって頭を下げればいい。

 それなのに俺は、人違いだからもう愛せないと捨てられることが怖くてたまらなくて、もう二度と会いたくないとすら思っている。

 いつの日か、アゼルが恩人だと思って大切にしていた俺に乱暴を働いた時、泣きながら嫌いにならないでと震えていたことを思い出す。

 あの気持ちがそっくりそのまま俺に成り代わっている。
 俺は国に処刑され殺されるより、アイツただ一人に嫌われるほうがよっぽど怖くて逃げているんだ。

 怖くて怖くて、ダメになる。

 姿も見たくない。会いたくもない。言葉もいらない。なにもいらない。
 もう愛していないだろう、という想像だけで終わらせてほしい。

 真実になんてしないで。
 曖昧な夢を見たまま、殺してほしい。


「お前、また魔王のこと考えてるだろ」

「ん……」

「泣いてる。キモい」


 気がついたらまたトロトロと涙が頬を伝っていて、リューオは居心地悪そうに腕を組んでそっぽを向いた。

 仕方ないんだ。
 心はアイツにあげたから。

 心を引き裂かれると、とてもとても、痛いんだ。

 リューオは涙を止めようと瞬きを繰り返しては雫をこぼす俺を見て、クシャクシャと頭を掻きながらため息を吐いた。


「俺は苦労したが、村で良くしてもらってたからそれなりに仲間もいた。でもお前は……一人だったから、お前を欲しがってくれた魔王に刷り込みで惚れてるだけなんじゃねぇか?」

「……すりこみ……」

「俺は自分を信じてる。お前が王の言う極悪人には見えねェよ。そんだけ悪意の中生きてきたなんて知っちゃァ、憎らしかったのが薄れちまった。お前の事情を話して処刑はされねーように掛け合うから、事実確認をして、罪を洗って人間国で生きなおしてみろよ。名前も新しいやつを貰ってさ」


 トン、と慰めるように肩に手を添えられた。

 喜怒哀楽が激しく、自分を貫く芯のある男。その言葉は信憑性があった。
 リューオが俺を憎むと決めてこうしたように、俺を生かすと決めたら生かしてくれる。

 だけどそれに、頷くことはできなかった。




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