162 / 901
三章 勇者と偽勇者と恩人勇者。
33
しおりを挟むこのまま進めば、きっと俺は殺される。そうでなくても、もうこうして地面を踏むことも叶わないだろう。
だからといって逃げる気は起こらない。魔王城へ戻る気もなかった。
アゼルは……優しいのだ。
優しい彼なら俺を追い出したりしない。
恥を忍んで魔王城へ戻り話し合えば許されるかもしれないことは、わかっている。
だがそれと同じくらい、恩人の言葉で取捨選択を覚えたアゼルは、要らないと思ったなら容赦をしない冷たい男でもある。
怒っている姿を見た。
自己防衛のために、悲しみを齎す者は遮断する。
人を選択することは、とても辛いこと。
精神を摩耗する行為。
けれどそれをしなければ、魔力や立場の強さに対して歪なほど幼く無垢な彼の心はズタズタになる。
アゼルはズタズタなまま何十年も、それこそ声も出さず、涙も見せず、孤独を孤高と履き違えられ、傷つけまいと黙することを臆病で心無いと揶揄されてきた不器用な魔王。
国の頂点にいて隣に誰もいない世界を想像すると、涙が溢れた。
傷だらけで逃げ出した時に抱きしめてくれた恩人は、きっとそれだけ大切で、唯一で、……肩書きだけ同じの異世界人は、なり代われない存在だろう。
「…………」
カタ、と手が震えた。
困ったことが起こればいつだって、頭を撚って踏ん張ってきたはずだ。今からでももがけばいい。利口だから理解している。
怖いんだ、俺は。
面と向かっていらないと言われるのが。
ははは、みっともない。
情けないだろう?
笑ってくれ、馬鹿馬鹿しいと。
わかっている。たかが恋だ。
その程度で大の大人の男が泣いて逃げて怯えている。本当は些細なことだとわかっているんだ。
いつまでもうじうじとしていてもなにも変わらない。これほど辛くなるくらい愛しているなら、貫けばいい。
アイツを傷つけた俺は謝るべきで、そしてどうか一緒にいさせてほしいと縋りついて、いつまでだって頭を下げればいい。
それなのに俺は、人違いだからもう愛せないと捨てられることが怖くてたまらなくて、もう二度と会いたくないとすら思っている。
いつの日か、アゼルが恩人だと思って大切にしていた俺に乱暴を働いた時、泣きながら嫌いにならないでと震えていたことを思い出す。
あの気持ちがそっくりそのまま俺に成り代わっている。
俺は国に処刑され殺されるより、アイツただ一人に嫌われるほうがよっぽど怖くて逃げているんだ。
怖くて怖くて、ダメになる。
姿も見たくない。会いたくもない。言葉もいらない。なにもいらない。
もう愛していないだろう、という想像だけで終わらせてほしい。
真実になんてしないで。
曖昧な夢を見たまま、殺してほしい。
「お前、また魔王のこと考えてるだろ」
「ん……」
「泣いてる。キモい」
気がついたらまたトロトロと涙が頬を伝っていて、リューオは居心地悪そうに腕を組んでそっぽを向いた。
仕方ないんだ。
心はアイツにあげたから。
心を引き裂かれると、とてもとても、痛いんだ。
リューオは涙を止めようと瞬きを繰り返しては雫をこぼす俺を見て、クシャクシャと頭を掻きながらため息を吐いた。
「俺は苦労したが、村で良くしてもらってたからそれなりに仲間もいた。でもお前は……一人だったから、お前を欲しがってくれた魔王に刷り込みで惚れてるだけなんじゃねぇか?」
「……すりこみ……」
「俺は自分を信じてる。お前が王の言う極悪人には見えねェよ。そんだけ悪意の中生きてきたなんて知っちゃァ、憎らしかったのが薄れちまった。お前の事情を話して処刑はされねーように掛け合うから、事実確認をして、罪を洗って人間国で生きなおしてみろよ。名前も新しいやつを貰ってさ」
トン、と慰めるように肩に手を添えられた。
喜怒哀楽が激しく、自分を貫く芯のある男。その言葉は信憑性があった。
リューオが俺を憎むと決めてこうしたように、俺を生かすと決めたら生かしてくれる。
だけどそれに、頷くことはできなかった。
51
お気に入りに追加
2,690
あなたにおすすめの小説




どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる