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三章 勇者と偽勇者と恩人勇者。

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 日が沈み空が暗くなった。
 野営の準備を終え、燃える薪を囲んで俺と勇者は食事を取っている。

 とはいえ、食事をとっているのは勇者だけだ。せっかく手が使えるようにロープを背中から前にしてくれたのに、俺は食欲がわかなくて断ってしまった。

 普段なら減ってないわけがない。
 日が落ちるまで歩き通しで、あんなに泣いたんだから喉だって乾いているはずだ。

 けれど俺は少しもなにかを口にする気が起きず、黙って炎を見つめ時々薪を足して火の番をした。

 そんな俺を真意の読めない視線で伺っていた勇者が、保存食を煮込んだスープをかきこむ。器を空にするとぐっと前のめりになり、鼻を鳴らして嘲った。


「湿気た面しやがって……あの魔王、泣くほどテメェにご執心だったみてェだが、ずいぶんうまくたらしこんだじゃねえか。命惜しさに魔族に媚を売るなんて浅ましいこった」

「……ん、そうだな……アイツは恩人である先代と俺を勘違いしたようで、俺はそこに漬け込んだようなものだ」

「ケッ、なるほどね。名前も同じ。騙して潜り込むには最適だったわけかよ」


 忌々しげな声には、なにも返せなかった。
 その通りだ。きっと俺は真実を知るのがもっと早くても、怖くて言えなかっただろう。

 代わりでもいいから愛し合っていたかった。バレなければ、俺は目を閉じて笑っていたはずだ。


「……フン。魔王のアレが忘れられねぇッてか? テメェの面は俺の趣味じゃねぇけど、まぁまぁ整ってっからな。使えるもんは使って恋人にでもなんでもなったわけだろ? 流石、自分のためなら国の弱みに漬け込んで好き勝手するクズは違ェわ」

「そうだな……こんなに苦しい思いをするなら、城を追い出された時に死んでいれば良かっただろう。出会う前に、自分を諦めていれば良かったんだ」

「あ? なに言ってんだ。自分から城を出ておいて虫が良すぎンだろ」


 アイツを傷つける前に消えてしまえばよかった。そう思って呟いた言葉だが、勇者は怪訝な顔をして睨みつける。

 城を自分から出た覚えはない。
 俺はどういうことか困惑したが、もうどうでもいいか、と思って目を逸らした。


「俺は……ある日魔王を倒して来いと王に言われ、一人追い出されたんだ。仕事以外はずっと塔に幽閉されていた俺に、ついてきてくれる仲間はいない」

「っ……」

「そんな俺に……そばにいろだなんて、魔王が言ったんだ……一人じゃない幸せを知ってしまったら、俺はもう、あいつの隣じゃないと息ができない……」


 苦しくてたまらない掠れた声が、パチパチと跳ねる火の音と絡まった。
 勇者はきゅっと眉間にシワを寄せ、困惑の混じった険しい表情をする。

 比喩なんかじゃない。
 アゼルと別れてからずっと心臓がギシギシと悲鳴を上げている。俺はこのままでは死んでしまう。

 死んでもいいと思っていたんだ。それを生きていたいに変えてしまわれたら、サヨナラの後にはなにも残らないじゃないか。

 アゼルに愛される理由を失ってしまった。
 俺はもう……俺に価値を見いだせない。




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