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三章 勇者と偽勇者と恩人勇者。
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しおりを挟む「は、っ……ごめん、ごめんなさい……これ以上は、もうやめてくれ……あ、謝るから、頼む、許してくれ……っ」
現実を理解した俺は、もう頭を抱えて蹲って耳を塞ぎ、これ以上なにも与えられないように小さくなってしまいたかった。
とっくに気力の限界を迎えている足を叱咤して、縋りつきたい未練だけを頼りに立っているようなものだ。
呼吸が乱れる。心臓が痛い。
全身が冷たくて、自分が繰り返しているこの謝罪が、勇者になのか、その向こうのアゼルになのか、わからない。
ただ何者でもない自分が〝一人は寂しい〟と奪ったのは、誰かの居場所だったと知ってしまった。
その罪が俺の呼吸を奪い、謝罪しか吐けない呪いをかけているのだ。
「っ待て、待て……それはおかしい……その話は俺のに、足りなくて……」
降って湧いた真実を飲み込めないアゼルの顔が、じわりじわりとくしゃくしゃに歪むのが見えた。
同じように苦しそうに胸を押さえて、アゼルは震えている。
「それじゃあ、俺の、俺は、お前はシャル……シャル、だろ……?」
「ア……ゼル、アゼル違う、俺はシャル、俺はシャルだが、俺は、俺、は」
「お前はシャルなのに……い、痛い、わからない、俺はっ……!」
「アゼル……っ」
「──どうしてお前じゃ、ないんだ……?」
そう呟いたアゼルの白い頬に、感情を溶かし込んだ透明な涙が伝った。
泣き顔すら美しいお前の心。
お前の心がずっとずっと大事に抱きかかえて、温めて、宝物のように大切にしていた十年分の思い。シャル。
アゼルはいつかを夢見て、一途に、ともすれば愚直に、たった一度出会った人を待っていた。
しかしその眩い思いの行き着く先を迷い、情報を整理できずに混乱は涙へとかわり、頬を溢れ落ちていく。
「……チッ」
そんな俺たちの様子も目に入らないくらい激昂している勇者は、今にも崩れ落ちそうに震える蒼白の俺の腕を、乱暴に掴んだ。
「シャルじゃねェ。お前の名前は、借り物だ。俺の前の代の勇者の名前だ。俺たちが召喚される二か月前に寿命を終えた、立派な勇者だ」
「っ……」
「民衆に混乱を生まないためにも、新しい勇者が来るまでは勇者が死んだとバレないように同じ名前で呼ばれていただけだぜ、お前」
「…………」
「俺はやることができた。泣き虫な魔王よ、お前を殺すのはあとだ。ご執心だって噂のお前の宝物は、俺が借り受けるぜ」
鋭く啖呵をきった勇者は、俺とアゼルが反応を返す前に、素早く剣の柄を強かに打ち付けた。
途端足元に広がる魔法陣。
魔法陣には詳しい俺には、これがなんなのかすぐにわかった。転送の魔法陣だ。
「追いかけてくるなよ? 別にいいじゃねぇか、偽物の宝なんだから」
その言葉を最後に、俺と勇者は魔法陣の繋がる先へ跡形もなく消えてしまった。
──……消える瞬間。
泣きながら胸を押さえていたアゼルが手を伸ばしたような気がしたのは、きっと心が今際の際に見た夢だ。
勇者でもなく、お前の恩人でもない。
名前も借り物だった無価値な俺は……この世界でいった誰なんだろう。
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