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三章 勇者と偽勇者と恩人勇者。

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 広いホールをたった二人の男が踊るように舞い、互いの剣を交わらせる。

 息吐く間もない。
 時間感覚を狂わせる切り合い。

 剣を合わせるたび火花が散る。
 硬質で耳を劈く高い音。

 魔法や陣で翻弄しながらどうにか切りつけるだけだった俺と違い、この勇者は自分の大剣の剣撃だけでアゼルに挑める力量を持っていた。


「おいおいおいおいッ! 防戦一方だぞ魔王様よォッ!」
 ──キィンッ、ガッ!

「うるせぇな。お前を切りつける剣がかわいそうで嘆いてんだ、よッ」
 ──ヒュンッ!

「チッ!」


 攻撃を仕掛ける勇者といなすアゼル。
 焦れた勇者が苛立ちながら怒声を浴びせてアゼルを煽った。

 繰り出される勇者の剣を防ぐだけだったアゼルが、それをかき消すように自分の剣を振り抜いた手の先から赤い蔦を伸ばし、先端の鎌を振るう。

 不意を打った突然の攻撃に、勇者は舌打ちをして素早く飛び退いた。

 飛び退いた先は俺の目と鼻の先だ。
 魔力が制限されているので本来より効果が薄いが、隠密中の俺は気配がすこぶる薄く、勇者は気がついていない。

 だがそこに隠れていると知っているアゼルは、ピクリと僅かに動きを止めた。

 焦りの滲んだ表情をしただけで、攻撃を躱した勇者を追撃しない。

 ハッと気がつく。
 ここに俺がいたら、攻撃できないのか。

 通常攻撃の剣技が全体攻撃のアゼルは、俺が居る場で剣を振るわない。範囲の広い攻撃では、うっかり当たってしまうかもしれないからだ。

 ここにいたら迷惑になる。全力を尽くせない。邪魔になるといらなくなったら追い出されてしまう。離れたくない。

 俺は焦燥にかきたてられ、早く部屋から出なければと少し慌てた。

 勇者が俺の予想より強い。
 召喚が早いにしても、鍛え上げる時間が追いついているとは思えなかったのに。

 しかし追撃しないアゼルを勇者が不審がるのと、俺がその場から離れようと足を出したのは、ほぼ同時だった。


「──行くなシャルッ! そこに、俺の目の届くところにいろッ!」

「ッ」

「はっ? シャル……っ?」


 ちょうど勇者の斜め後ろにいた俺は、アゼルの声に動揺して動きが止まる。精神が乱れたせいで隠密が解けてしまう。

 自分に向かって声を上げるアゼルの言葉が自分ではなくその背後に発したと気がついた勇者は、視線を後ろにやった。


「ンなとこに人間、ッな……ッ!?」


 勇者と俺の視線が重なる。
 どうしよう。隠れていた見知らぬ部外者に、勇者は怒ってしまうかもしれない。
 誰なんだお前はと怒鳴られると身構え、身を固くする。


「青みがかった黒髪の男……シャル……テメェ、偽勇者か!」

「に……偽……勇者……?」


 しかし絞り出すような憎しみと怒気を纏った勇者の声に、その場の全員の動きが止まった。

 〝偽勇者〟

 言われた意味がわからなくて、俺は混乱した瞳で勇者を見つめる。
 一歩踏み出して駆け寄ろうとしていたアゼルの足も、同じように止まっていた。

 偽物? 確かに偽物か本物かと言われれば、勇者自体自分しか見たことがないからわからない。

 だがこの世界に来てから俺はずっと勇者と呼ばれ、勇者として仕事をこなしてきた。

 勇者だから人間を守るために消費され、勇者だから王の命令に従った。
 勇者だから、紛い物でもアゼルに見つけてもらえたのだ。

 なのにこの勇者は、俺を偽物だと言う。




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