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三章 勇者と偽勇者と恩人勇者。

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 ──勇者、勇者だと……?

 まさか。ペースが早すぎる。
 勇者召喚は短くても数十年単位で行う。こんなにも早く新しい勇者を召喚できるはずがないし、そう何度もできる魔法じゃないはずだ。

 だから勇者が来るわけがない。
 ならその名を騙る、別のなにか恐ろしいものが来たのかもしれない。

 そうじゃなくとも魔界に無断で立ち入って魔王城に辿り着く力を持っている強力な存在が、魔王を、アゼルを呼び出した。国のトップを。

 要件を伝えたカプバットがパタパタと羽ばたき来た時と同じくバタンッ! と扉を閉めて去っていく音にハッとして、俺は焦りを隠せないまま振り向いた。

 情けない顔をしている自覚はある。
 苛烈な戦闘でアゼルが傷つく可能性を思うと胸が痛い。

 しかし当のアゼルは興味なさそうにふぅんと息を吐き、俺をギュッと抱きしめてから、心底嫌そうにそろ~っと手を離して立ち上がった。

 まるで危機感がない。
 すこぶる平常運転である。


「面倒くせぇな……勝手に帰らねぇかな……つーか勇者はそりゃあ人間詐欺の戦闘狂だが地力が違うし、ガドでもライゼンでもマルガンでも誰でも勝てるだろ……たぶん……」

「あ、アゼル、こんなに早く次の勇者が来るものじゃないんじゃないか?」

「あぁ?」

「仮にこれまでより早く次を召喚できるようになったとしても、俺はまだ国に帰ってきてもな、……いや、死んだと思って後続をよこしたのかもしれないな。だがそれにしたって召喚が早すぎる。なにかおかしい……」

「まぁ、かもしんねぇ。だが勇者以外が来たって他国の侵入者は俺の管轄だ。なんだって行くしかねぇんだよ。例え最重要業務ことイチャイチャタイムでもな」


 ブツブツと焦り思考を巡らせる俺を尻目に、仕事だから仕方ないとばかりに倦怠感を丸出しにするアゼル。

 俺はどんなにアゼルが強くても、ちっとも心配しないことなんてできない。

 突然一人で戦闘なんて大丈夫だろうか、罠じゃないのか、怪我をしないか。オロオロと眉を垂らす俺は、ぽん、と頭に手を置かれてアゼルを見上げた。

 ニヤリと不敵に笑う魔王らしい顔立ち。
 それだけで、ハラハラととめどがなかった心配が薄れるのがわかった。


「俺は誰が来ても負けねぇぜ。なんせ最強だからな。この世で最も無駄な心配だ」

「ふ、そうだな。安心した」

「ふふん。まぁ召喚を効率的にできる方法でも編み出したのかもしれねぇし、それはおいおい調べさせる。……ケド、行きたくねえ」

「はは、まったくお前は……なら俺も行く。アゼルのかっこいいところを見せてくれ」

「! し、仕方ねぇな! 剣は振らねぇから最前で見てろよ! ふふん、ふふふん」


 パタパタと揺れる犬の尻尾が見えそうになるくらいわかりやすく機嫌がよくなるアゼルは、相変わらず可愛らしい。張り切っているのがよくわかった。

 いそいそと扉に向かって歩いていく背中へ、俺は笑みを耐えながらついていく。

 ちゃんと見ているから大丈夫だ。
 今の俺は魔法も剣も使えないので、いざとなったらお前を抱えて逃げるぞ。


「にしても、勇者の襲撃……お前が来るまではあんなに楽しみだったのに、手に入ったらもう他は煩わしいだけだ。待っていたのは勇者は勇者でも、あの恩人だからな」

「そうか。あの頃はそんな理由を知らなかったから俺は血が目的だと思っていて、勇者なら誰でもいいのかと思ったが」

「馬鹿野郎。十年渇望した勇者と肩書だけ同じの異世界人なんて比べ物になるかよ。俺が欲しいのはお、お前だけだ」

「っ」


 ガチャ、と扉を大きく開き浮かれた足取りで歩いていくアゼルを追う足が、ピタリと止まった。

 遠ざかっていく背を、目を見開いて縋るように見つめる。

 周囲の音が一瞬全て消え、静寂に包まれた。なのに心臓が耳から飛び出しそうなくらい、自分の鼓動だけが酷くうるさい。

 ただ覚えていなかっただけかもしれない。
 もしくは、どこかで不都合が生じて誰かに記憶を奪われたのかも。
 戦いで怪我をして忘れてしまったのかも。

 ほんの数秒前までそう思っていた唇が震えて、小さく開閉する。

 よろめく足をなんとか前に出し、不審がられたくなくて何事もなかったかのように追いかける。一歩一歩、思考と同じく。

 アゼル。

 アゼル、どうしよう。

 アゼル、俺は──


「──この世界に来たのは、八年前だ」


 十年前、俺はお前に出会えない。




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