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三章 勇者と偽勇者と恩人勇者。
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しおりを挟む「──というわけで、逃げ出した俺は人間国で出会った勇者の言葉に救われ、あるがままの俺百パーセントで魔王をやっているわけだな。どうだ? 思い出しおぁあッシャルッ!?」
「う、ぅぅ……っなんてことだ。世界は存外優しいな……っ」
大切な思い出を語り終えてしみじみとしながら俺に向き直ったアゼルは、ダバーッと流れる涙を見ると同時に驚愕の表情でガタンっ! と椅子を倒して立ち上がった。
驚かせてしまった。
俺は嗚咽を漏らさずに泣ける系勇者さんなのだ。
だけどアゼルなら鬱陶しいと思われないだろうという安心感から、若干喉の奥がヒクついてしまう。
しかしこれは涙なしには語れないし、聞けない物語じゃないか。
ずず、と鼻を啜る。
アゼルのかいつまんだ経緯を聞いて、全俺が泣いていた。
なんてことだ。今でこそ魔王城のみんなに魔王様と慕われ街でもこんなに王様オーラを撒き散らし、堂々たる振る舞いをしているアゼルが、過去では居場所と自分の心の間で押しつぶされそうな葛藤があったとは……!
何事にも動じない強さがあるように見えても見た目に反して幼い情緒を持っている理由は、お涙頂戴もいいところである。
愛しさと切なさが目から溢れて、今すぐ抱きしめたい。
「あわ、わ、な、泣い……っ!? い、痛いのか!? 誰にやられたッ!」
「あっアゼルが、ふぐ、ぐっ」
「俺か。死のう」
「あぁーッ!」
突然海に向かって走り出そうとする体を反射的に掴み、なんとか引き止めた。
アゼルの目に光がない。いや元々瞳が闇夜のように黒すぎてやや光がないが、今はまったくない。
「い、いけないアゼル……! これからもっとお前は楽しく幸せな時を過ごすべきだ! 俺を早くも未亡人にする気か……!?」
「!? お前を泣かせた俺は万死に値するが未亡人勇者ってなんかエロイじゃねぇかだめだ! そんなの他の男が放っておかねぇ! 俺は生きるッ!」
「そうだ、そなたは美しい!」
わあわあぎゃあぎゃあとてんやわんや。真剣な表情で決意するアゼルに、ブラボーと拍手をする俺。
それからアゼルが席に着き俺の涙が落ち着くのに、数分はかかった。
もちろん俺が勇者でアゼルが魔王で、出来たてホヤホヤカップルで間違いない。成人男性二人が全力だ。
ん? カフェの客は俺たち以外いないぞ。店員さんがいつ呼ばれてもいいように壁際に整列しているだけで、無人サークルはもはや結界だ。
ちゅーとココナッツジュースで酷使した喉をいたわるアゼルを眺めつつ、俺も残りの魚を胃に収めて水を飲む。
ストローをくわえる口が尖っていてかわいい。なんでもできる最強の魔王も、ああいうことで悩むのだ。
俺はアゼルが繊細で、臆病で、感情の扱いが下手くそなことを知っている。そういうところもたまらなく愛おしく、惹かれる。
だが、それを知ったのは魔界に来てからだ。アゼルの言うような出来事は、いまいち思い出せない。
人間国でシャルという勇者は俺だけで、黒いローブは隠密のため民衆に隠した任務時はいつも着用していたから、俺だとは思う。城で不審人物を始末する役目も俺だった。
確かに城での生活の全てを記憶しているわけじゃないが、アゼルがこんなに大切に抱きしめて生きていた思い出は覚えていたかったな。
どうして思い出せないのか。
記憶喪失にでもなったのだろうか。
誰かに記憶を取られたのか。
アゼルの大切な思い出を俺が軽んじているようで、痛いくらいの罪悪感を感じる。
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