上 下
140 / 901
三章 勇者と偽勇者と恩人勇者。

11

しおりを挟む


 そうして進む魔王と勇者の初デート。

 浮かれた魔王節はその次に行った雑貨屋でも爆発し、危うく小売店まるごと買い占められる危機に瀕したりだ。

 しかし「やったら海軍に就職して全額払う」と言うと、涙目で嫌だと抱きしめられ事なきを得た。
 ん? 得たのか……? 得たことにしよう。

 様々な店やスポットを回って笑い合ううちに、繋いでいた手は湿り気を薄れさせた。けれど温かいままで心地いい。
 無人サークルとモーセ現象も気にならなくなったな。


「おお、広場で芝居をやっているぞ。見に行こう」

「仕方ねぇな」

「アゼル? 視線は俺じゃなくて、前に向けるんだ」


 穏やかなデートは、魔界に来て今までで一番幸せな時間だ。ずっとこうして歩いていたいと、強く思った。

 街散策を満喫した俺たちは、今は二人で海の見えるカフェに入り昼食を取っている。


「本当にそれだけでいいのか?」

「今日はずっと胸が一杯で飯が入らない……」


 頬を緩ませぽや~っとしながら肘をつき、なにやらトリップしているアゼルは、ココナッツジュースのストローを上の空でカラカラ回す。

 俺は大きな鯛のような焼き魚をモグモグと咀嚼しながら、そんなアゼルにちょっとだけ悪戯をしたくなった。

 俺といるのに上の空なのはいけないな。恋人らしくこっちを見てをしなければ。
 いつかのようにそっと手を差し出してテーブルに頬肘をつく。


「食欲がないのは心配だ。滋養強壮ランチに俺の血でも、如何かな?」

「ふぐっ」
 ゴンッ。


 冗談とわかるようにおどけて言った言葉に、アゼルはにやけた口元がパカッと開いてテーブルへ頭を強かに打ち付けた。打ち付けながらもガシッと手は掴んでいた。


「あはは、冗談だ。実はな、ナイショだけど俺は……すごく浮かれている。イチャイチャというものをしたかったんだ」

「やだもうなにこいつ滅茶苦茶愛してくるじゃねぇか俺より断然カッコいい好きだァ……!」

「うん? なにを言う。俺のアゼルは誰よりカッコいい、俺のほうがきっともっと大好きだ」

「控えめに言って命日」


 甘いことを言い合うのが楽しくて照れながら好きだと言うと、アゼルはくうっと唇を噛み眉を寄せて震えだす。


「クッ……笑顔が眩しすぎて常に視界が綺麗……もう崇め奉るしかなくね……ここに神殿を建てよう……こんなの改宗不可避だろ? 俺無宗教だけど……かわいすぎてしんどいし尊い……無理オブ無理……教祖様に財産も余命も貢ぐ系魔王になる……はぁ~今日も勇者に生かされてる~……」

「困った。結局俺をどうしたいのか、ほとんど良くわからない」

「語彙力のないガチ勢に課金されてる崇拝対象との温度差すら愛おしくて毎秒尊さで殴られてる気分だぜ」

「殴ってないぞ? そしていつまで手をスリスリするんだ」


 すごい勢いでスリスリしながらブツブツと何事か呟かれるが、どれも頭に入ってこなかった。

 どうしてかわいいと思ってくれているのにしんどいんだろう。無理なのに手を触るのか? あと貢ぐのはやめてくれ。それなら代わりに仕事とかをくれ。

 アゼルは触れていた俺の手にちゅっとキスを落として、感極まったように頬を擦り寄せる。
 俺は途端に赤くなったが、浮かれモードのアゼルがかわいいなと思って好きにさせた。




しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

俺の義兄弟が凄いんだが

kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・ 初投稿です。感想などお待ちしています。

処理中です...