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三章 勇者と偽勇者と恩人勇者。

07

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 玄関ホールに行くと、アゼルがそわそわと玄関の端から端までを、そういうギミックのようにうろうろとしていた。
 険しい表情で腕を組んでいる。

 怒らせてしまっただろうか。
 準備の遅い恋人に辟易するという話はよく聞ので、心持ち心配になる。


「まずい、怒っているようだ」

「なに言ってんの。あのくらい怒ってないよ? 魔王様怒ると無表情だもん」

「……ん、確かにそうだった」


 廊下の影から二人で覗きつつ、そんなことを話す。
 喧嘩した時の様子は確かに近づいたら死ぬという雰囲気があった。


「僕は見てるから、言ったとおりにしたらきっと魔王様もお喜びになるよ!」

「あ、あれ、本当にするのか……」

「当たり前でしょ。僕が魔王様の嫌がることさせる訳ないじゃん、絶対喜ぶよ。というか魔王様の恋人になんてなってるんだから全身全霊で尽くすもんでしょ! このくらいこなしてもらわないと! 寝取るよ」

「いってくる」


 最後は本気のトーンである。
 まずい。ひよっていたら付き合って二日目で寝取られてしまう。

 油のさしていないブリキ人形のようにガチガチの身体を動かし、俺は廊下の影から動き出した。

 コツコツと床を鳴らして近寄る俺に、うろついていたアゼルはすぐに気がつく。
 耳と尻尾が見えそうなほど嬉しそうな笑顔を見せたが、はっとしてすぐになんでもないような顔を取り繕うアゼル。かわいい。

 そんな澄まし顔のアゼルがなにかを言う前に──俺は意を決し、さっとアゼルの手を引き寄せる。


「シャっ」

「ま、待たせてごめんね。ハニー」

「!?」


 言ってから少しだけ上ずった喉をんん、と落ち着けた。
 掴んだ手がビクッ、と盛大に跳ねる。

 そのまま石像のように固まり見つめてくるアゼルの腰を抱き寄せ、掴んだ手をすりすりとなでてから、唇を寄せてキスをする。


「今日俺が君の隣を歩く世界一の幸せ者になるんだと思うと、高鳴る胸を押さえつけるのに時間がかかってしまった。君の時間を奪うなんて、俺はなんて罪深いんだ」

「…………」

「ああ、美しい人。罪人の俺に、どうか罰を与えてほしい。……?」


 反応がなくて上目遣いに様子を見ると、アゼルはさっき見た表情から露聊つゆいささかも変わってなかった。

 聞こえていないのか、と思って掴んでいた手を離し、少し背伸びをして引き寄せた腰を支えながら軽く押し倒す。

 そしてそっと耳元で続きを囁く。


「けれど、君に与えられる罰は全部俺にとってご褒美なのさ」


 耳たぶを唇ではみながら言うと、その耳が熟したトマトのように赤く染まっていることに気がついた。

 もしかしたら熱があるのかもしれない。今朝まで元気だったのに心配だ。

 この監修ユリス、主演俺のおそくなってごめんねは、どうだったのだろうか。
 正直どこの伊達男かと思ったぞ。歯が浮くセリフすぎて口が飛んでいきそうだ。


「……アゼル?」

「…………」


 不安になって、なにも言わずに震えだしたアゼルの名前を耳元で呼ぶ。

 ──やっぱり怒っているのか……?

 そう思ったのも束の間。アゼルは絞り出すような声で「お、お、俺が、ダーリンだぁぁぁ……っ!」と訴えると、そのまま後ろにバターン! と倒れた。


 このあとの展開は、デートに行くのが十分遅れたとだけ伝えておこう。

 俺の魔王様は予想外の展開になると、トマト色に色づくらしい。




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