107 / 901
二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。
51(Noside)
しおりを挟む──それは、平静と変わらないある夜のことだった。
夏の生ぬるい夜風が海の香りを連れてスウェンマリナを包み込み、灯されたオレンジの明かりが街の喧騒を照らし出す。
明かりがあれば影があるのが道理だ。
そこで血と暴力に塗れた弱肉強食の世界が広がっているのも、こと魔界においてはそれほど珍しいものではない。
負けた者が悪。
弱い者は排除。
力を持たない幼い魔族は親や周囲に庇護されるが、そうでない者は淘汰される。
ここで孤独は圧倒的な不利。
淘汰されてしかるべき罪なのだろう。
痛みに強く手足が飛んでも時が経てば回復する暴力的な日常がある。
魔界は、そんな種族のそんな国だ。
そんな国の王は、空を駆け、スウェンマリナの上空へ音もなく現れた。
気配はなかった。
無音で、まるで月夜の一部のようだった。誰もその存在に気がつかない。
空を飛び交う魔族たちのそのまた上空に、静寂を連れてやってきたのだ。
力の強い者は往々にして、みな静寂である。怒り狂っている時ほど、静寂である。
ここからなら、未だ活気付き眠らない街全体が全て見渡せる。
声も姿も、よく見えるだろう。
ウォォォォォン、と一声大きく遠吠えをあげると、下を歩く魔族が一斉に耳を押さえ、狼狽しながら空を見上げた。
自身の存在を知らしめるための遠吠えは、すべからく彼らの耳に届く。表通りも裏通りも屋内外も関係なくだ。
「あれは、なんだ? あんな禍々しい魔族……この街にいたか……?」
「いや、知らな……、っ……!? あ、あれは、嘘だろ……っ? ク、クドラキオンだぞ……!?」
「へぇ? あれがか。魔境のレアな魔物じゃねぇか。初めて見たぜ」
「馬鹿野郎っ! お前っ、まだ生まれて間もねぇのか!? アレは魔物じゃねぇ! 魔族だよ!」
「はっ? な、なに焦って……」
「アレの魔族は、この魔界でただ一人──魔王様だけだ!」
気づいた魔族たちは、口々にその存在の正体を探り合った。ざわつく街がなにを言っているのかは、王には聞こえないし興味がない。
街中の魔族に聞こえるよう膨大な魔力の塊を声に乗せて、生きるための法を告げる。
『いいか、魂に刻めよ。とびきり温厚な優しい優しい魔王の、たった一つの逆鱗を』
『俺の隣にある青い魔力を持つ黒髪の人間は、俺のものだ。手を出した者は、俺が刈る』
『誰だろうが関係ない。それを犯す全ての者を俺は殺す。丁寧に、殺す。あまねく、殺す。そこにはなにもない。俺がそうすると決めた。それだけだ。異論があるなら今かかってこい、俺に勝ち紋章を抉り取って王になれ。……誰でもいいぞ?』
『だが、今日の俺は全員殺すぜ』
──この日。
海岸線一帯の魔族は絶対にして不可侵の法を、死という恐怖と共に刻んだ。
62
お気に入りに追加
2,669
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる