上 下
101 / 901
二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。

45(sideユリス)

しおりを挟む


 僕はユリス。
 犬の顔を持つ大鯨の魔物、ケートスの魔族──ユーリセッツ・ケトマゴ。

 ケートスっていうのは、正式には海に住む魔物全般のことをいう。

 得体の知れない海の獣。
 いつしかその意味を持つケートスは、無名の怪物である僕らのことを指すようになった。

 そのケートス魔族である父は、魔界軍海軍長官だ。

 だから父の二つ名は、無名怒将。
 名の無い怒れた将。そのまんま。名付けの水晶もセンスないよね。

 海戦となれば荒れ狂う海のごとく、僕のお父さんは恐ろしい。

 戦場ではお父さんの周りから軍魔がみーんな離れていく。

 全体攻撃の嵐だからね。
 しかも地形変える系の威力ばっか。巻き込まれると最悪お陀仏だ。

 ゴホン。まぁお父さんのことはおいておいて、僕の話。

 僕は恋をしている。
 相手は魔界のトップ、魔王様。

 きっかけは至極単純だった。昔、まだ海軍が魔王城にあった頃だ。

 生まれて初めて魔王様を前にした時──僕はひと目で、自分の全存在が服従した。

 魔力が多ければ多いほど美しい魔族において、気安く触れられない孤高を極めた空気を纏う王様。

 人らしさの欠けらもない。
 神の意匠が作った骨董人形のように、それは完成された生き物に見えた。

 柔らかい夜色の髪を揺らして、つまらなさそうな深い新月の瞳が幼い僕を射抜く。

 嘆きの魔王、アゼリディアス。

 彼は歴代一温厚な魔王だという噂だ。
 どの国にも戦争を仕掛けないし、仕掛けられてもあしらうだけ。人間も天使も精霊も差異はない。

 それを腑抜けだなんだと他の上位魔族に揶揄されても、無関心で一切お咎めなし。

 誰になにを言われても言い返したりしないが、不意に呼吸が止まるほど冷たい瞳で睨めつける。

 ただ睨まれるというわけじゃない。

 極稀に生まれてくる魔眼持ちの彼と目を合わせると、意識が狩られるような恐怖に襲われるのだ。

 一度味わった者は、二度と逆らう気が起きないと思う。

 それでも言葉や行動で怒ったりしないので、〝王には感情がないのだ〟なんて新たな噂がたったりした。

 間抜けかと思えば、仕事はきっちりと熟す。魔王が変わったばかりの頃だ。

 魔族らしからない魔王に反感を持った城の者が嫌がらせに手を抜いてもなにも言わない。そのぶんは淡々と自らが一人で片付ける。

 怒らない。泣かない。笑わない。
 優秀な王。

 けれど生温い戦争嫌いで平和主義かというと、そうでもない。

 ある日、腕に覚えのある人間の冒険者たちが、竜を殺して卵を盗み出した。

 竜を殺すほどの冒険者たちだ。

 それなりの力があるのは明白で、魔王様は報告を聞いて静かに人間たちが逃走した方向へ、歩いて行った。

 そして──冒険者たちを皆殺しにし、残骸を詰めた箱を人間国に送ったのだ。

 散歩にでも行くような足取りで、ものの半時で肉屑をひきずって帰ってきた彼。少しも表情を変えずに。

 甘いだけの王じゃない。
 紋章に選ばれた、最強の魔族。

 話を聞いた時は、紛れもなく無二の王に背筋が粟立ったよ。

 穏やかで血なまぐさい、奇妙な感じ。

 なのに、それほどなにもかもを持っている魔王様が、こんなにも辟易した顔で王座に座っているだなんて、誰がどう見たってわかるに決まっている。

 これは──倦怠感だ。
 纏わりついて拭えない倦怠感。

 彼にとって玉座に祀られることは、倦怠でしかないのだ。

 温厚なんかじゃない。
 興味がないから。どうでもいいから。失望と無関心の心の読めない黒い瞳。

 ゾク……ッ、とした。
 ああ、彼に、求められてみたい。

 空虚なその瞳に炎を灯して、余裕なんてないくらいにがむしゃらに求められたら、どんなにたまらないだろう。

 感情をむき出しに求める存在になれたら、美しいあなたを独り占めにして、僕でいっぱいにできたら。

 見てほしい、僕を。
 なりふりかまわず愛してほしい。

 ドクン、ドクンと高鳴る鼓動が心地良い。──あぁ、もう、僕はあなたの虜になった……!




しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

処理中です...