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二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。

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 けれどどんなに辛くとも倒れてはいけない。

 足の縄を切ってからガッ! と剣を床に突き立てて体を支え、瞬時に視線を巡らせ逃走経路を模索する。

 あぁくそ、だめだ……意識が、混濁する……体が重い……傷が痛い……。

 弱った脳がそんな体の不調を認知するが、無視だ。鈍くあれ。

 痛い。だけどまだ、へばるな……考えろ……さぁ早く、自分の戦場を思い出せ……思い出したら、やってやれ……ッ!

 独りでどうにかすることには、慣れているだろう大河 勝流……──ッ!!


「頭領ッ! てめぇ、人間ッ!」

「よくも……ッ!」

「クッ……ソッ!」


 敵の気配に勢いよく顔を上げて、血走った目で相手を睨み死地に蘇った。

 ボスの負傷に吼えながら襲い掛かってきた魚人三人の剣撃を、意地で体ごと飛び跳ね無理矢理ガァンッ! と薙ぎ払う。

 どうにか前に転がったところで軸を捻り、後ろからの追撃を振り返りざま一閃。

 今の魔封じじゃ、攻撃魔法を放てるほどの魔力は出力できない。

 だから薄く広げた魔力を足に纏わせ強化し、役に立たない腕の代わりに自分が飛び跳ね、なんとか威力を持たせる。

 それほど激しく動けば当然だが死にかけの脳は揺さぶられ、体は錆びついたブリキ人形のようにガタガタだ。

 自己を叱咤し無理矢理立ち上がっても、血に染まった右腕はお荷物同然だった。

 左腕ももはや剣を握るだけで、身体ごと振って強引に応戦しているだけだ。
 眩暈を起こし、フラ、と体が揺れる。


「ふぅ、ふ……っ」

「オラァッ!」

「ウワアァァッ!」


 フラついた隙を狙い振り下ろされた剣を、獣のように咆哮を上げて気力を絞り出し、鬼気迫る勢いで無理矢理に弾いた。

 ジリ、ジリ、と戦いながら出口に近づく。

 たったの後三メートルほどが、気が遠くなるくらい遠かった。

 あぁ──本当に、懐かしい窮地。

 人間国で勇者をしていた時の、慣れた空気。あの頃も俺は、こうやって剣を振るって命を守っていた。

 いや、奪っていた。


『勇者よ、お主に仕事を与える。このリストの者を討伐するのだ。内容を覚えたら、それはすぐに燃やせ』

『国王様、これは……この城の貴族の名前では……? 仲間をだなんて、これでは、暗殺……っ』

『口を慎めよ。そやつらは第一王子を祭り上げ、王位簒奪を目論む不貞の輩だ。魔族に取り込まれているに違いない……速やかに討伐・・しろ。よもや恩義を忘れたとは言うまい? 勇者として未だ魔王を相手取るほどの力もない未熟者に、全てを施しているのはこの国だぞ』

『…………』


 あの頃の俺にとって王というものは、恐怖の象徴だった。

 剣を振るい血を流す逃げ場のない戦いの中で、無音の脳裏にこれまでの記憶が、走馬灯のように流れる。

 もう何年も前の記憶。
 勇者と呼ばれて召喚され、間もない頃だ。

 俺はまず、城の神殿でステータスというものを見られた。

 そこにはその人物の職業と適正があらわれる。数字で能力値が表されたりしない。ただ誰で、なにで、なにができるか。それだけ。

 特殊な道具で調べられたところ、俺は剣技と魔法陣、そして隠密に適正があった。

 初めての知らない世界で勇者と祭り上げられなにもわからないまま誰とも一切会話することなく閉じ込められていた、ある日の出来事である。

 国の重鎮たちに囲まれて示されたそれらは、至って平凡なもので。

 勇者である俺の能力に、特別なものはなに一つなかったのだ。

 ──捨てられると思った。

 勇者らしからない貧弱なそれを嘲笑い、蔑む周囲の声は、閉じ込められてひとりきりで過ごしていた俺の足元を崩していく。

 この世界で自分は誰にも必要とされないのかと、足元からせぐりあがる焦燥感に指先が震えた。

 嫌だ、お願いだ。
 出来損ないでも頑張るから、とてもとても頑張るから、きっと役に立つから。

 どうか見捨てないでくれと、思った。

 それほどまでに無知な世界での孤独は俺の心を蝕み、ただ寄り添ってくれる誰かを求めて消えていまいそうだったから。

 必要だからと呼ばれたのに、役に立たないようだからいらないと言われたら、きっと寂しい俺が壊れてしまう。

 王様はそんな期待はずれのガラクタ勇者に、酷く顔を顰めた。

 だがしかしややあって、王様はまるで慈悲深いようににこやかに、初めてあの召喚の間で出会った日と同じく笑ったのだ。


『勇者、仕事をあげよう』




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