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二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。
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しおりを挟む──それから歩くこと十分。
たどり着いたのは看板も装飾もなにもなく、年月により煤けて灰色になったレンガの建物だ。
窓は木板が打ち付けてあり、外からは中が見えないようになっている。
侵入を阻むようなとても宿には見えない様相。魔族の宿はワイルドだ。
「ここだ」
「っ、おっとと……」
頭領が扉を開いて俺を中に引っ張りこむので、俺は床板が歪んだ足元に躓き転びそうになる。
顔を上げて内装をよく見ると、オレンジ色の明かりが一つ、頼りなさげに中を照らしていた。
端に並べられているのはテーブルや古い布で、一応はカウンターらしきものもあるようだ。それから壁際にところどころ割れた棚があった。
薄暗くて上が見えないが奥に階段がある。あそこが客室だろうか。
続けて入ってきた魚人たちが扉を閉めた。直後ガチャン、と硬質な音が鳴ったが、なんの音なのかはわからない。
人はいないしとても営業中には見えないが、誰も不思議がらないところを見るとこれが一般的なのだろう。文化の違いを指摘するのは良くない。
俺は外でも寝られるし、旅の間はそうだったから屋根があるだけで儲けだ。背後に立つ頭領に向きなおり、頭を下げる。
「案内してくれてありがとう。一泊頼みたいんだが、俺はいくら払えばいい?」
「どういたしまして。お代はそうだな──お前の残りの命、全てだ」
「? どういう……、ッ!」
「おっと」
瞬間、グリッと掴まれていた手を捻り上げられて、ぐっと体が宙に浮かんだ。
咄嗟に頭領へ蹴りを放ったが、パシッと難なく受け止められる。
それでも腰をひねって掴む手を振り払い、続いて素早く足を振り下ろす。
だがそれよりも頭領の巨体が力任せに振るわれ、俺をホコリに塗れた粗末な床へ引き倒すほうが断然に早い。
ダンッ、と体を強かに床へ打ち据える。
「ぐ……っ」
「バカみてぇに素直な野郎だが、咄嗟にしてはいい動きしやがるな。でもな、非力な猫の蹴りが入るほど……俺は甘くねぇぞ」
愉悦を含んだ嘲笑だ。
魚人の手下に命じて、俺は後ろ手に腕を、そして両足をまとめて足首を縛りつけられた。
俺は縛られる時、両手の親指の付け根を合わせるような向きにして脱出の機を待つ。
ホコリで汚れた俺は身動きが取れない姿で仰向けに転がされて、心底から自分の迂闊を呪った。
──あぁ……罠か。
それほど混乱せずに理解が追いつく。
俺は昔から、罠に弱い。
甘言には乗らないが、騙しには馬鹿正直にハマってしまう。
かもしれないと思っていても、どうしても信じてしまうのだ。
誰かを疑うことが辛いので、信じたほうが楽だという逃げでもある。
おかげで散々裏切られた。
全ては勝手に信じただけの俺が悪いのは、よくわかっている。
実際に騙されたほうが悪いという文言があるだろう? だから恨みはしない。……ほんの少し、喉の奥が痛くなるだけで。
くっと苦々しく唇を噛みしめる俺を、頭領たちはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて、羽をもがれた虫を嬲るように見下ろす。
「俺を……俺を捕まえて、どうするつもりだ……? 人間なんて、力のある魔族にとっては危険でもない。捕まえたってなまじ意思があると扱いにくいだろうし、なんの役にも立たないだろう」
「クックック……それがあるんだよなァ……」
「ッふ……!」
ちっとも屈していないとわかるように強い口調で淡々と告げるが、哀れな生き物だとばかりに頭をゴリッ、と靴裏で踏みつけられた。
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