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二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。

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 騒がしくなってきた周囲に気を取られている間に、不意に俺はドンッ、となにか大きなものにぶつかってしまった。


「あぁ?」

「う、あぁ、申し訳ない。ケガはないか? 俺の不注意だった」


 迷惑をかけてしまったと焦り、すぐにぱっと顔を上げて謝る。

 そこでは真っ黒い肌にワドラーよりも更に一回り大きく二メートルを超える身長の男が、俺を見下ろして睨みつけていた。

 つるりとしたスキンヘッドに黒すぎるほどの肌。目玉がひとつだけの彼が人間ではないことは一目瞭然だ。

 ぶつかられた魔族は俺をじろりと眺め、すぐにその一つ目をぎょっと見開いた。


「おいおい、人間か……?」

「どうかしましたか? 頭領。……って、人間……!?」


 頭領と呼ばれた一つ目男の後ろから、全身に鱗をまとった人型の魔族が現れた。

 腕にあるヒレや首のエラから、魚人の魔族だろう。頭領の後ろから、更にあと二人の魚人が現れる。

 彼らも一様に俺を見て目を見開いた。


「あぁ、そうだが……ええと事情があってここにいるだけで、なにも危害を加える気はない。ただ、宿を探しているだけなんだ」


 そんな反応を見てそういえばと忘れていたことを思い出し、バツが悪くなる。

 説明しながら、彼らから目を逸らす。

 そうだった。魔王城に慣れていたが、魔界の街に人間が単独でいるなんて、普通はありえないことなのだ。

 通常人間が魔界に来る場合は、素材欲しさに討伐するためである。

 侵略しても各地のはぐれや集落を落とすだけで、こんなにたくさんの魔族がはびこる巣窟にやってきたりはしない。

 もちろん単独潜入なんて、死に急ぎもいいところだ。

 俺は魔王城でやったけどな。
 良い子は真似しちゃいけない。


「う……」


 やってしまったと反省しながらペコリと頭を下げると──突然、頭領の太く屈強な腕が俺の手を強く掴んだ。

 驚いて見上げると、頭領は大きな一つ目をニンマリと細めてにこやかに笑う。


「宿探してんのか? ここらの目立つ宿じゃ、おそらく人間は泊まれねぇよ」

「そうなのか。困ったな」


 俺の言い分を信じてくれたらしく、愛想のいい笑みを浮かべる頭領。

 よかった。信じてくれたんだな。
 もうダメかと思った気持ちが浮上して、嬉しくなる。

 魔族と言えどもあのアゼルが王なのだから、話せばわかるのだろう。乱暴者だと教えられたけれど、偏見は良くない。

 しかし嬉しくはなりつつも、人間は宿に泊まれないと言われた俺は困り果てて眉を下げた。

 考え込む俺は頭領がニヤリと笑みを深くして、密やかに魚人たちと目配せをしたことに気がつかない。


「大丈夫だ。俺についてこい。他種族が泊まれる裏の宿へ連れて行ってやる。──オイお前ら、行くぜ」

「はい、頭領」
「ヒヒ、宿に行けばいいんスね? わかりましたよゥ」

「あ、え……? それはありがたい。が、手を……」

「は? なんだァ?」


 振り払えないほど強く掴まれた腕と、グイグイと遠慮なく引っ張る怪力に戸惑い、声をあげるもジロリと睨みつけられた。


「お前、俺らに危害を加えるつもりはねぇんだろ? それともやっぱり、魔族には触るのも嫌だってかァ?」


 一斉に威圧感を出され、反射的に身構えてしまう。

 アゼルの領地でアゼルの民なのに疑ってかかるのはよくないが、オロついてしまった。

 引っ張りこまれたのはすぐそこの裏路地だ。裏宿らしいから、人目につかないところにあるのだろう。

 振り返ればすぐに先程の、未だにざわつく大通りが見える。大声をあげて逃げればいい。

 だが善意で俺を宿に案内しようとしてくれる頭領たちを無理に振り解いて、あそこへ戻るのは気が引けた。

 続けられた言葉を否定するためにも俺は動けず、悩む時間も与えられず、引っ張られるしかない。


「そ、そんなことはない。それじゃあ……世話をかけてしまうが、案内を頼む」


 頷いた俺の返事に全員がにっこりと笑って、そのまま路地裏の奥へ進んでいった。




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