92 / 901
二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。
36
しおりを挟む好かれたい。愛されたい。
そう思った途端、他人と比べ、自分の愛されないところを探し出す。
恋人に、なりたい。
自分の望みを知った俺の頭は、明日アゼルの前で柔らかさのかけらもない体に、今まで通りの行動を命じられるのだろうか。
好きだという恋心を砕いて。飲み込んで。咀嚼して。自分のものにしても。
代わりにいくつもの不安や羨望が、綯交ぜになって浮かんでは消える。
自覚したところで、アゼルに愛されるわけじゃない。
どうやって好かれようか、どうやって伝えようか、だけどお前が好きなのだと言って、拒絶されはしないだろうか。
そんな期待と困惑で、頭の中が掻き回された。それでも──結論はわかっているのだ。
「…………」
俺は膝にぐっと力を込めて立ち上がる。
へこたれていたって仕方がない。一晩だけ自分を省みて、目が覚めたらアゼルに意識してもらえるよう頑張ればいい。
そうと決まればとにかく今日は宿を取って、明日に備えて早く寝てしまおう。
幸いにして召喚魔法の収納には買い物のためのお金がいくらか入っている。
日が落ちてから街と基地を行き来する者は少ないのか、誰もいない夜道は少しおどろおどろしい。
恋を自覚して舞い上がった赤い顔で、俺はどうにかこうにか街へと進み始めた。
スウェンマリナの街には、それからほどなくして到着した。
昼間遠くから眺めた時や上空から視界に捉えた時は大勢の魔族でごった返していた街は、夜になったからか道行く人の数が減っている。
それでも酒場や遊技場が栄えあちこちが騒がしく、それに伴ってか粗暴そうな様子の魔族が多かった。
電球のような小さなオレンジ色の暖かな照明が店先に数多く吊られて、美しい白の建物は柔らかな色合いを醸し出す。
「まるで祭りのようだ」
城にこもっていては見られない光景。
俺はほうと嘆息し、街の中を不慣れなのが一目でわかる迂闊な様子で、覚束なく歩いていった。
──この時。
俺はこの二ヶ月間で魔族に囲まれていることに慣れすぎて、最も重要で当たり前の事柄を失念していたのだ。
後悔先に立たず。
数ヶ月前の俺ならば絶対に街中を歩いたりしなかっただろうが、恋に逆上せた今の俺には、そんな思考が浮かばなかった。
「宿はどこだろう……それにしても凄い、ハロウィンみたいだな……」
キョロキョロと宿を探しながらも周囲に目を奪われつつ、人混みの中を歩いていく。
そんな俺の後ろで、いくらかの魔族たちがぎょっと目を見開いて振り向いた。
「おい……に、人間じゃねぇか……!?」
「馬鹿言うなよ。ヴァンパイアか、ちょっと利口なグールでも見間違えたんだろ……?」
「いや、俺は鼻が利くんだが、匂いが……人間だ……」
「はっ嘘だろ……!? 侵略者って、魔界軍海軍基地のお膝元でか……!?」
ん……? なんだかさっきよりザワザワと騒がしくなってきたな。人混みをするすると抜けて歩いていたが、どうも俺が通ったあとがザワついている気がする。
58
お気に入りに追加
2,669
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる