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二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。

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 たぶん恋愛感情を抱くシステムは、積み木のようにはできていないのだ。

 この世界に来て俺は、恋慕の気持ちを抱くほど余裕がなかった。

 生きる世界を変えられて、勇者という役割を決められた。世界に必要とされるため、毎日ががむしゃらだったから。


(それは、生きていたいが……死んでもいいかと思うくらいの日々だ。……)


 なのに──必要としてくれる人が終の終になって、不意に現れた。

 疲弊した心が生き返るより早く、恋ではなくとも深い愛情を与えられ、体に触れられ、そして熱を分け合ったのだ。

 少しずつ、麻痺していた。

 あんな触れ合い方、なんでもない相手にされて嫌悪しないわけない。あぁまで許して、心ごと求めて、心地よさに溺れる俺。


「っ……」


 硬い地面を踏みしめて歩く足の先から頭の先まで、沸騰しそうなくらいの赤が走った。

 口元を手の甲で覆い、誰に見られているわけでもないのに人気のない道をひたすらに進む。衝動が止められない。じっとしていると羞恥で燃え尽きてしまいそうだ。

 だってなんだか間抜けじゃないか。

 種族も違う、国も違う。
 アイツは王様で、俺は侵入者。

 それなのに、抱き合いたいだなんて。俺を捨てて他の誰かを愛してほしくないだなんて。

 あぁ、おこがましい、恥ずかしい。
 これをなんと言うのだ。そうだ、身の程知らずだ。愚かしい。

 なにもないのにどうしたって俺を選んでと祈れるんだ。……だけど、諦められない。

 前向きに、至らなければ努力してひたすら前に進んできた俺という人間が、急に卑屈に自分を眺めだす。


「う、嘘だろう……? 気づくわけなかった、気づいてしまった……どうしよう、どうしよう……っ俺は恋してる、殺しそこねた相手を愛してる……っなにもかもを与えられているのに、これ以上……っ」


 これ以上、反吐が出るようなわがままを言いそうだ。

 ザッザッと走るように進んでいた足が、ピタリと止まる。俺はその場にしゃがみこんで、顔を両手で庇い、真っ赤な顔を隠して俯く。

 アゼルの心を誰かに持っていかれたくない。それを繋ぎ止める関係の名前が欲しい。

 自分の気持ちがわかったなら、すぐにでもそのために努力するべきだろう。

 だけど繋ぎ止めるだけの魅力が、俺だけを愛する利があるだろうか?

 そう思うと俺は今、どうしてもアゼルに会うことはできそうにない。


「…………」


 初めて、アイツの目に俺がどう映っているのかを考えて、死にたくなるほど恐ろしくなった。

 上位の魔族は、他を魅了するためにすべからく美しい。

 それを綺麗だな、いいな、とは思っても、比べて自分はどうだろう? だなんて思ってもみなかったのに。

 そっと顔を覆っていた手を離す。

 両手のひらを眺めると、月夜に浮かぶのは無骨で骨ばった男の手。

 同じ男の手でも、アゼルは白く滑らかで傷一つない白枝のような指を持つ。

 愛くるしさを固めて形どったようなユリスの手は、ふっくらと柔らかそうなほっそりとした手だ。

 キュッと手を握る。


「俺は……綺麗じゃないな……」


 困り果てて眉がへたれた。
 隣に立つ資格がないだろう。

 他なんかより俺だけを見ていてほしいと言うほどに、俺はちっとも美しくない。無二になるほどの魅力がない。

 握った手を見つめていると、これに触れていたアゼルの姿を思い出す。

 あぁ、こんな指に牙を立てていたアイツは、俺をどう思ったのだろう。
 毒に犯され欲情する体は、顔は、醜く映っていただろうか。

 だとしたら……少しだけ自分が好きじゃなくなってしまう。




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