本日のディナーは勇者さんです。

木樫

文字の大きさ
上 下
85 / 901
二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。

29

しおりを挟む


  ◇ ◇ ◇


 それから基地中の視察が終わったのは、夕日が沈みかける頃だった。

 アゼルは到着した時に降り立った眺めのいいデッキの手すりから項垂れて、沈んでいく夕日を絶望の表情で見つめている。

 本当は昼食を食べてから数日かけて視察する予定だったのに、それを半日に詰めたわけだから異常な速さだ。

 疲れきったまま気落ちするアゼルだが、十分仕事ができすぎるし誇ってもいいと思う。

 どうして気に食っていないのだろうか……もっと自分を褒めていいと思うぞ?

 俺は魔族の競歩に合わせて走りきった自分を自分で存分に褒めそやしながら額の汗をぬぐって、呼吸を整えた。


「むぐぐ……しぶとい人間風情が……!」


 予想を外してどうにか完走した俺を、ユリスは憎らしげに睨みつける。

 ゲシッと足を蹴られるが、まだ幼い魔族であるユリスの蹴りはさほど痛くない。

 フィジカルが強い魔族や魔力が強い魔族。魔族にもいろいろあるのだ。

 しかし人間の俺にダメージがないのが更に気に触ったのか、「弱小種族の分際で僕の攻撃力より防御力が高いなんて許さない~!」と小技を連打される。

 ふむ、やはり痛くない。
 ユリスはかわいいな。


「俺は魔法も使うが……体を鍛えているからな。気を落とすことはない」

「慰めないでよこの馬鹿人間っ!」


 慰めたのに逆に怒られ、俺は困ってしまって眉をハの字にたれさせる。ううん、ここでやられたフリをすると怒られそうだ。

 次は最初にやられたフリをしよう。演技の下手な俺にうまくできるだろうか。

 ゴホン。まぁそれは次のミッションとして、現在の俺にはやらなければならないことがある。


「うぅ、なんてこった。終わっちまった、うぅ、うぅ」


 それはこちらの絶望王をどうにか元気付けるという、高度な任務だ。

 ブツブツと嘆きながらショックを受けすぎて、どんどん手すりの向こうにうなだれていくアゼルに、俺は慌てて近づく。

 心配だぞ。お仕事モードが別人のような落ち込みっぷりだ。

 嘆きの魔王とは、まさかここから来ているのか……?


「アゼル、お疲れ様。それでええと……どうしてそんなにしょげているんだ? どこか日が落ちるまでに行きたいところや、済ませたい用事があったのか?」


 真横に立ってポン、と肩に手を当てると、顔だけ振り向いたアゼルは、うりゅうりゅとしょぼくれた表情で俺を見上げて呟く。


「で、デート……」


 デート。

 思いがけない言葉についなにも言えず、目を見開いてきょとんとしてしまった。

 それをどう受け取ったのかズゥンと更に闇を背負ったアゼルが、ついには魔王らしからぬことに勇者の足元で丸くなってしまう。

 膝を抱えてじめじめと絶望している姿を見ていると、そのうちキノコが生えてきそうだ。

 アーライマの花を取りに行きたい俺とそれを知らないアゼルとですれ違って関係が壊れたあの時以来の湿っぽさで、アゼルはブツブツとなにごとか呟く。


「ちょっとお前、魔王様になにしたの!?」

「う、ぅん……?」


 状況が飲み込めなかったユリスが、座り込んだアゼルを見てぎょっとしながら近づいてきた。

 いや、俺がなにをしたというか、俺となにをできなかったからというか……冗談じゃなかったのか。


「魔王様が膝をつくなんて、お前がなにかしなきゃこうならないでしょっ。なにをしたのさっ! 言ってっ! 言わないと食べるよ!」

「それは困る。えぇとだな、どうやらアゼルは……俺とその、デートをしたかったみたいだ」


 ──その時のユリスの顔は、羨望と怒りと混乱とで、そうはできないし見ないような表情だったな。




しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

処理中です...