82 / 901
二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。
26
しおりを挟むワドラーさん登場で賑々しくなった場にて、律儀にお口チャックを守っていたユリスくんが手を上げた。
「むぐむぐ! むぐ!」
むぐむぐともごついて、二人に喋ってもいいかとアピールする。
ふむと頷くワドラーさん。
ワドラーさんは話を邪魔しないように黙っている俺にくるりと向きなおると、穏やかに口元を緩めた。
「挨拶がまだだったな、魔王の愛子よ。我は魔界軍海軍長──〝無名怒将〟ワドラルゲス・ケトマゴ。ワドラーで構わない。こっちは不肖の息子、ユーリセッツ・ケトマゴ。役職はないが、軍人は向かない気質なので魔導具を作る研究所で働いている。ユリスと呼んでやってくれ」
「こちらこそ挨拶が遅れて申し訳ない。俺は勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんをしている、大河 勝流だ。シャルと呼んでほしい」
「むぐ、お前勇者!? と言うか肩書き長すぎ!? いや自由な捕虜、ってどこからツッコめばいいの!?」
丁寧に挨拶をしてくれたワドラーさん改めワドラーに挨拶を返してがっしりと握手をすると、俺たちの挨拶を聞いていたユリスくん改めてユリスは、信じられない! という表情で叫んだ。
ふふん。恐ろしさはないが、肩書きは俺も長いんだぞ? 個性豊かなのは魔族だけじゃない。気持ち得意になる。
俺は二ヶ月と少し前に勇者として来たにも関わらず、簀巻返品されずに捕虜になっている奇妙な存在なのだ。
人間国に帰っていないため、すぐに新しい勇者が攻めてくることはないしな。
おかげで魔界は平和そのもの。
捕まった本来の目的である家畜として、アゼルには夜毎血を提供してもいる。
コツコツと営業をしたお菓子屋さんも、なかなかに魔王城で噂になっているのだ。穀潰しではないから胸を張って名乗れる。むん。
「うるせぇぞ、シャルに集んな」
するとアゼルが突然ズビシッ! と、ユリスとワドラーにチョップを食らわせた。
「きゃあっ! うぅ~これも愛の鞭~!」
「痛いぞ、我が王。自分の身体能力を忘れたのか?」
「バルバルを振るわなかったことをシャルに感謝しやがれ。バルバルを俺が全力で振るうと、全体攻撃三回に確率状態異常だからな。シャルがいなけりゃ、今頃地面で仲良くおねんねだぞ」
アゼルはフンッ、と腕を組む。
一転して嬉しげなユリスとキョトンとするワドラーの言葉を歯牙にもかけない。
俺が目にするのは珍しい、しょっぱい対応のアゼルである。
魔王城で一緒にいる時はなんとも思っていなかったが、視察だから仕事モードなのか……今日のアゼルは容赦がないようだ。
そういえばガドが仕事中のアゼルは割と冷たいと言っていたな。
なるほど、こういうことか。
「我が王よ、どうして我にも手刀を?」
「あ? お、……お前が、魔王のま、愛子とか、シャルに言うから……! シャルは神聖で神々しく格好良くてとびきりラブリーな尊さが擬人化した勇者だぞッ? 俺ごときの愛する人なんて……恥ずかしいだろ!」
「もっと恥ずかしい存在に祭り上げているようだが……なるほど。彼があの魔王が人間国に行った時に出会った勇者なのだな……魔王はシャルのこととなると、どうにもポンコツである」
ギクッとしたアゼルが目を吊り上げながら照れた顔でそっぽを向き、なにやらもにゃもにゃとワドラーに怒った。
謎の理論でチョップされてしまったワドラーは、がっくりと呆れている。
アゼルとライゼンさんのやりとりも母と子どものようだが、ワドラーとアゼルも父と子どもみたいだ。
ユリスには魔王らしくしていたアゼルもワドラーにはなんというか、遠慮がない。
そう思うと、部外者である俺は微笑ましい気持ちと、ほんの少しだけ輪の中に入りたいような気持ちに苛まれる。
「ふむ……愛する人というところを否定はしないのだな」
なので、ワドラーの納得したような呟きは、誰の耳にも届かなかった。
58
お気に入りに追加
2,669
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる