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二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。

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 ワドラーさん登場で賑々しくなった場にて、律儀にお口チャックを守っていたユリスくんが手を上げた。


「むぐむぐ! むぐ!」


 むぐむぐともごついて、二人に喋ってもいいかとアピールする。
 ふむと頷くワドラーさん。

 ワドラーさんは話を邪魔しないように黙っている俺にくるりと向きなおると、穏やかに口元を緩めた。


「挨拶がまだだったな、魔王の愛子よ。我は魔界軍海軍長──〝無名怒将むめいどしょう〟ワドラルゲス・ケトマゴ。ワドラーで構わない。こっちは不肖の息子、ユーリセッツ・ケトマゴ。役職はないが、軍人は向かない気質なので魔導具を作る研究所で働いている。ユリスと呼んでやってくれ」

「こちらこそ挨拶が遅れて申し訳ない。俺は勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんをしている、大河 勝流だ。シャルと呼んでほしい」

「むぐ、お前勇者!? と言うか肩書き長すぎ!? いや自由な捕虜、ってどこからツッコめばいいの!?」


 丁寧に挨拶をしてくれたワドラーさん改めワドラーに挨拶を返してがっしりと握手をすると、俺たちの挨拶を聞いていたユリスくん改めてユリスは、信じられない! という表情で叫んだ。

 ふふん。恐ろしさはないが、肩書きは俺も長いんだぞ? 個性豊かなのは魔族だけじゃない。気持ち得意になる。

 俺は二ヶ月と少し前に勇者として来たにも関わらず、簀巻返品されずに捕虜になっている奇妙な存在なのだ。

 人間国に帰っていないため、すぐに新しい勇者が攻めてくることはないしな。

 おかげで魔界は平和そのもの。

 捕まった本来の目的である家畜として、アゼルには夜毎血を提供してもいる。

 コツコツと営業をしたお菓子屋さんも、なかなかに魔王城で噂になっているのだ。穀潰しではないから胸を張って名乗れる。むん。


「うるせぇぞ、シャルにたかんな」


 するとアゼルが突然ズビシッ! と、ユリスとワドラーにチョップを食らわせた。


「きゃあっ! うぅ~これも愛の鞭~!」

「痛いぞ、我が王。自分の身体能力を忘れたのか?」

「バルバルを振るわなかったことをシャルに感謝しやがれ。バルバルを俺が全力で振るうと、全体攻撃三回に確率状態異常だからな。シャルがいなけりゃ、今頃地面で仲良くおねんねだぞ」


 アゼルはフンッ、と腕を組む。

 一転して嬉しげなユリスとキョトンとするワドラーの言葉を歯牙にもかけない。
 俺が目にするのは珍しい、しょっぱい対応のアゼルである。

 魔王城で一緒にいる時はなんとも思っていなかったが、視察だから仕事モードなのか……今日のアゼルは容赦がないようだ。

 そういえばガドが仕事中のアゼルは割と冷たいと言っていたな。
 なるほど、こういうことか。


「我が王よ、どうして我にも手刀を?」

「あ? お、……お前が、魔王のま、愛子とか、シャルに言うから……! シャルは神聖で神々しく格好良くてとびきりラブリーな尊さが擬人化した勇者だぞッ? 俺ごときの愛する人なんて……恥ずかしいだろ!」

「もっと恥ずかしい存在に祭り上げているようだが……なるほど。彼があの魔王が人間国に行った時に出会った勇者なのだな……魔王はシャルのこととなると、どうにもポンコツである」


 ギクッとしたアゼルが目を吊り上げながら照れた顔でそっぽを向き、なにやらもにゃもにゃとワドラーに怒った。

 謎の理論でチョップされてしまったワドラーは、がっくりと呆れている。

 アゼルとライゼンさんのやりとりも母と子どものようだが、ワドラーとアゼルも父と子どもみたいだ。

 ユリスには魔王らしくしていたアゼルもワドラーにはなんというか、遠慮がない。

 そう思うと、部外者である俺は微笑ましい気持ちと、ほんの少しだけ輪の中に入りたいような気持ちに苛まれる。


「ふむ……愛する人というところを否定はしないのだな」


 なので、ワドラーの納得したような呟きは、誰の耳にも届かなかった。




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