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一章 魔王城、意外と居心地がいい気がする。

49※微

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 しかし昨日の出来事を思い出せば、それも仕方がない。

 そうか、そうだ。言葉だけ見れば、怯えて嫌悪したようにしか思えないだろう。

 俺はじわりじわりと顔に熱が集まるのがわかった。あれを口にするのは恥ずかしい。

 言わないといけないか?
 アゼルが勘違いしたままで、しょんぼりと俺を伺っている。
 言わないといけないな……!

 事情を知らずに落ち込む悲しげな表情を見て、俺はどうにか気恥ずかしい気持ちに折りあいをつけた。


「あのな、昨日、は……お前、忘れているだろうが……初めてたくさん血を吸われて、同時に、初めてたくさん……さ、催淫毒が中に入ってきていた」

「ぇ」

「触るなと言ったのは、その……お前に触れられて、みっともなく喘ぎたくなかったんだ……!」

「あっ……!」


 俺サイドの告白にアゼルはうっかりしていたのか、そういえばそうだ、という顔をする。これは完全に忘れていたな?

 大変だったんだぞ。あのあと俺は最速記録を叩き出していたんだからな。

 ようやく二人の認識を共通させることができて、かぁぁぁあ、とお互い真っ赤に染まりしばし俯く。

 室内には、沈黙が訪れた。

 今日はなんだ? 俺はなんだか恥ずかしい告白ばかりしてしまったのでは……?

 すっかり誤解は解けたが、これは双方にダメージが大きかった。いい歳した大人二人がなんてザマだ。

 そしてこれを言ったあとだと、さっきした俺の吸ってくれアピールがなんだか性的な意味に聞こえるじゃないか。


「…………」

「…………っ」


 新たに複雑な心境になった沈黙の中、先に動いたのは、アゼルのほうだった。

 どうやら覚悟を決めたらしい。
 俺の腰に片腕を回し、ぷるぷるとしながらもう片方の腕を背中に回して頭を押さえる。

 そのまま首筋に顔を埋め、ヌルリと舌が首筋と襟の間に滑り込んで襟ぐりを下げた。


「ン……」


 ふと目線を上げると、アゼルの整った顔が至近距離にあった。
 赤らんだ顔は緊張した表情で、眉をハの字にしながら俺を見つめる。


「まあその、昨日はそういうことだったわけで……お、俺が怖くなったわけじゃねぇなら、お前のこと……食べてもいいか……? 今度は絶対、優しく……する」

「は……」

「それに、お前が毒に犯されたら……俺が責任、取ってやるよ」


 不器用な言葉に、俺が頷いた姿を見た瞬間──昨日よりずっと優しくゆっくりと、首筋にアゼルの牙が潜り込んだ。

 ツプ……と熟したトマトに刃を通すように、滑らかに挿入される牙。

 柔らかな肉を必要以上に食い締めることもなく、牙だけが埋められていく。痛みをなるべく与えないための気遣いが嬉しい。

 その優しい傷口からトクトクと溢れる熱い血液は、余すことなく彼の喉に落ちる。
 最初の表皮を破る時をピークに、痛みはすぐに麻痺していった。

 そして代わりに流れ込むものは、穏やかに、ゆっくりと俺を蝕む。

 昨日感じた頭がクラクラするほどの早急さはない。じわりじわりとした、緩やかな変化だ。


「ぁ……く……っ…ぅ……」


 毒だというのに、骨が溶けるように心地いい。僅かに力が抜けると、腰に回された腕が、崩れ落ちそうな体をしっかりと抱きとめる。

 ただの支えの動作に、ビクッと体が跳ねた。……相変わらず、巡るのが早い毒だ。

 アゼルは震える俺の髪を、安心させるようにそっとなでた。

 突き刺した牙の角度を変えて、少し開いた傷口の隙間から飲みすぎないよう慎重に少しずつ溢れさせ、丁寧に吸血する。

 そこには昨夜の凶暴な、獣じみた姿は微塵もない。
 二度とそうならないように、丁重に、大切に食われているのが嫌でも身に染みた。


「ン……ぁ、ふ……」

「本当に、嫌じゃねぇか……?」


 牙が抜かれ、そこを舐められ、キスされる。敏感になった肌とせめぎ合う俺を、アゼルは再度伺った。

 実は嫌だと言えば、きっとすぐにでもやめてくれるだろう。

 だけど、俺はだらりと力なく居場所をなくしていた腕をアゼルの首に回し、笑いかける。




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