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一章 魔王城、意外と居心地がいい気がする。

26(sideアゼル)

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 パタン、と悲しげに閉じた扉を背に、俺はズルズルとその場に座り込んだ。

 そして膝を抱えて、ポロポロとみっともなく啜り泣く。

 声は出さないようにするが、それでもとめどなく溢れる大粒の涙は、俺の膝小僧を熱く濡らしていった。

 ──シャルを酷く傷つけてしまった。

 その事実は、鋭利な刃となって心の中心を貫く。

 たった今出てきたこの扉をくぐる時、俺はたっぷりと褒めてもらうつもりだった。

 ほんの少し前までそれはもう浮かれて、大急ぎでこんな時間にやってきたのに。

 なのに今は唇を噛んで嗚咽を喰い締めながら、悲鳴をあげる重暗い心を持て余して、部屋から出てきた。

 ──こんなはずじゃなかった。

 初め、外に出てもいいと言うと、シャルは本当に、この世の優しさを集めて煮込んで、それを言葉にしたような優しい声で、ありがとうと言ってくれたのだ。

 それが、どれだけ嬉しかったか。

 けれど俺は、毎日少しずつ通って、少しずつ近づけた心を、自ら真っ赤に染めて壊してしまった。

 俺は、驕ったんだ。

 アイツが笑うから……ここでの日々を気に入ってくれて、俺との時間を好いてくれていると、そう、傲慢にも、思い込んでしまった。

 本当は、俺を憎く思っても仕方ねぇのに。

 俺は人間の敵の王で、それを倒しに来たアイツに死にそうな怪我を負わせて、そして魔族のルールを振りかざしてここに閉じ込め、魔族だらけの世界で一人ぼっちの人間にした。

 俺が……昔の恩人に憧れて、そばにいたいと思ったのは、俺の都合なのに。
 アイツは昔のことを、覚えているかもわからないのに。

 思えば思うほど、俺は涙が止まらなかった。あんなに酷くするつもりはなかった。

 初めは見つめられるだけで嬉しくて照れくさくて、勝手でここにいてもらうのだから、なんでもできる限りのことはしてやりたいと思っていただけだ。

 それが優しく笑いかけられて、当たり前のように感謝されて、名前を呼んでもらって、心配してくれて。

 些細なことが花弁のように積み重なっていく日々があって。

 俺はアイツの剣を奪い、魔力を封じ、仲間の人間が誰もいないところに閉じ込めた身勝手で傲慢な魔王だ。

 なのにアイツはそれをありがたがって、なにかお礼をしたいから仕事をさせてほしいだなんて言うような男だった。

 俺がそんなことはさせられないと言うと躊躇なく自分を差し出すような……真っ直ぐな、男だった。

 そんな、恩人。

 その恩人が俺から離れるかもしれないと思うと、頭の中が真っ黒になり、凶暴な独占欲が湧いてきたのだ。

 こんな気持ちは、わからない。
 ずっと抱いてきた恩じゃない。
 憧れでもなんでもない。

 初めて抱いた気持ちが激流のように荒々しく、俺の手には到底負えなかった。

 長い時を生きる魔族の俺に、こんな急激な変化、制御できない感情の波は、理解が追いつかなくてうまく消化できない。

 気がついたら、身勝手に要領を得ないことを喚いて、脅してでも縛りつけようと、シャルの張りのある滑らかな肌に醜く尖らせた牙を突き立てていた。

 脅かすつもりで強く噛みついた牙を伝って、とめどなく溢れる熱い血液が口内いっぱいに広がる。

 いつもほんの少しだけ舐めるそれの、むせ返るほど芳醇な香り。

 甘く、コクのある濃厚な血潮。
 ドクン、と高揚した鼓動が鳴り響いた。

 異世界人が飛び抜けて美味だということは知っている。
 それに加えて、どうしようもないほど乾いていた独占欲と、支配欲が満たされていくのを感じた。




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