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一章 魔王城、意外と居心地がいい気がする。
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しおりを挟む「わ、悪かった、あ、うう」
口をついた謝罪。気の毒なほど狼狽し、混乱を極めているアゼルは、おそらくここまで酷く血を奪う予定ではなかったのだろう。
大丈夫だ。知らないかもしれないが、勇者さんは頑丈なんだぞ。このくらい気にしていない。
そういう意味で首を振ったのだが、アゼルは血の気を失って体温が少し下がった俺をなんとかしようと、俺が下敷きにしているシーツをバッと掴み巻きつけた。
「ぁあ……っ」
「!? い、痛むか!?」
甲高い悲鳴をあげた俺を、慌てて心配そうな顔が覗く。違う、そうじゃない。違うんだ。
違うと言おうとして言葉ではない音が出そうになったから、慌てて唇を噛みしめる。
血がなくなったのは辛いし、クラクラするし、力を入れると肩の骨は軋むが、それよりも俺を蝕んでいるもの。
お前の毒が……催淫毒が効いてきて、いろいろとご無沙汰な身体が大変なんだ……!
内心涙を飲む。
熱を帯びる内心で訴えるが、それが狼狽えるアゼルに伝わることはなかった。
本当はいろいろ、逃げるつもりじゃないとか、この乱暴な吸血も気にしていないとか、言いたいことがある。
けれど薄く噛み締めた唇を開くとシーツの擦れで甘い息を吐きそうで、迂闊に言葉を紡げない。
とにかく醜態を晒すわけにはいかないので、これをどうにかしなければ。
頭がおかしくなりそうな欲情に耐えている俺としては、死んでしまいそうな悲壮感を漂わせているアゼルには悪いが、一人にしてほしい。
おそらくアゼルはそんなつもりはなかったのに貧弱な俺がぐったりしているものだから、それに気を取られ、自分の牙の毒のことを宇宙のチリ一つぶんすら今は頭にないだろう。
だが俺は俺が傷ついたことなんて取るに足らない些細なことで、どうでもいい。
そんなことより、気を抜くと淫靡な毒に従って思う様快楽に耽りそうなことのほうが重大なのだ。
「アゼ……悪いが……部屋から出てくれ……」
「っ……だ、めだ……!」
だめじゃない。だめなのは俺の体だ。俺が痴態を晒すほうがずっとだめなので、頼むから聞きわけてくれと目で必死に訴える。
恥を忍んで自ら慰め、幾らか熱を発散させたいのに、アゼルがいたらどうしようもない。
誰が好き好んでこんな冴えない容姿でそれなりに筋肉質な男の喘ぐ姿を眺めたいんだ?
地獄絵図によってアゼルの目が腐る前に、速やかにエスケープしていただきたい。
頭がすこぶるぼやけてきた。脳を取り繕うのも、限界だ。
「せ、せめてお前を、ベッドに寝かせる」
「っやめろっ絶対、触るなっ!」
──そんなことされたら身体を抱えられた時にいろいろなところをしっかり掴まれるだろう……!
触られると声が漏れてしまうので断固拒否すると、焦燥に駆られていたアゼルはショックを受けた表情へと変わり、少しの間ふるふると震えながら、黙り込む。
っ、酷い言い方をしてしまった。
咄嗟のこととはいえ、これは更に勘違いをさせて傷つけてしまったのでは。
そんな彼の様子に胸が痛み内心で後悔をする俺を尻目に、アゼルはややあってコクリと頷く。
そして小さく背中を丸め、とぼとぼと部屋から出て行った。
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