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一章 魔王城、意外と居心地がいい気がする。

22※微

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 息を呑んでいる間に、肩を掴んでいた手が乱暴に夜着の襟元を押し開く。

 やわらかな布地は到底耐えられず、爪の食い込んだ部分はいくらか亀裂が入ってしまった。

 無地の白色の夜着は俺に支給されたものだが、それを儚む余裕もなく、凶暴な獣が晒された無防備な首元に追いすがる。

 ビクッ、と身体を緊張が走り抜けた。
 肌の表面を滑る生暖かい吐息。

 早急なアゼルの動きは明らかに焦りと苛立ちで精彩を欠いているのに払いのけることもできず、どうしていいかわからず、硬直することしかできない。

 耳元で駄々を捏ねる幼子のような泣き出しそうな声が、耳朶にねっとり絡みつく。


「お前は俺の……生き餌だ。今からそれをわからせてやる。──……ディナータイムだぜ、勇者」

「イッ……ッぐ、ぁ」


 言い終わるや否や、アゼルの牙が皮膚をさいて突き刺さった。

 ズブズブ、と鋭い牙が自分の首元に限界まで食い込んでいく感覚が、痛みと共に生々しく体を震わせる。

 反射的に手が助けを求めてアゼルの服を掴んだが、そんな行為はなんの意味も持たずに、傷口は燃えるような熱を持つ。


「っ…ぁ……ァ……」


 大量の血液が牙から吸い上げられ、末端から体温が失われる気がした。

 急激な失血に目を見開く。
 ガタガタと震える体。

 耳元でゴク、ゴク、と俺の生命で喉を潤す音が聞こえ、本当に、いつも遠慮していてくれたのだと実感した。

 急速に失われる血液の代わりに呼吸とともにドク、と注がれるのは、吸血鬼の毒。

 いつもは指先の感覚を敏感にする程度のそれが、何倍もの量で太い血管をトットッと巡り始める。

 なくなった血潮を埋めようとするように輸毒を染み渡らせる体が、徐々に犯されていくのがわかった。

 ──……マズイ。

 冷たくなっていく指先とは裏腹に、獲物を死の感覚から遠ざけるための毒は、確実に熱を持っている。

 は、とか細い呼吸をする俺の頬に当たるアゼルの夜色の髪が、呼吸の合間に甘えるように擦りついてきた。

 失血と毒でぼやけてきた頭で、どうにか頬を擦りつけ返す。こんなことをしなくとも、俺は、ここにいるというのに。


「ン……本当に、とびきり美味い……」

「はっ……そ、れは……よかった」

「ッ」

「ヒ、ッ……」


 うわ言のように呟かれた言葉に掠れた声で笑いながら返事をすると、突き刺さっていた牙がズルリと抜けた。

 その感覚にビクッ、と肌が揺れる。
 傷口からゴポ、と血液が溢れた。

 アゼルが慌ててそれを吸い上げるものだから、敏感になった肌が一斉に粟立ち、不必要に溶けていく。


「……フッ……ゥ……」


 熱い、唾液をまとった舌がねっとりと傷口を舐める感触。何度も執拗に舐められて、じわじわと傷口が塞がっていった。

 もう、どうにも力が入らなくて、握っていたアゼルの服から離れた両手がだらしなくベッドにドサリと横たわる。


「シャ、シャル……!」


 ハッとした様子のアゼルが焦って俺を呼ぶが、それどころじゃない俺はぐったりと横たわったままゆるゆると左右に首を振った。




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