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一章 魔王城、意外と居心地がいい気がする。

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「外は危険だって前に言っただろうが。あの崖にはグリフォールも岩竜もいるんだ! お前なんか一口だぞ。ラスボスマップの魔物を舐めるなよ」

「それはわかってるんだ。食べられに行きたいわけじゃないぞ。でも、どうしても行きたいんだ」

「全然わかってねぇだろ……!」


 前よりしつこく食い下がってみると、ついにガルルルと唸り声をあげられた。

 真っ黒な虹彩すら見分けられない漆黒の瞳が、聞き分けない子どもを睨みつける。
 その怒気に怯んでしまいそうだったが、俺は気を持ち直してしっかりと見つめ返した。

 だってマルオがアゼルは決闘で疲れていると言っていた理由は……おそらく、俺のためだろう。

 俺が部屋の外に出たいと言ったから、アゼルが頑張って人間に嫌悪感のある魔族を説得してくれたからだ。

 魔族は強者に絶対服従。
 言うことを聞かせるには戦って勝つこと。
 たくさんの魔族と戦ったのだ。

 大きな窓から眩いほど降り注ぐ月の光以外はなにも明かりのないこの部屋で、俺たちは見つめ合う。

 目をそらさない俺に、アゼルはもごもごと罵倒を飲み下して、しかめっ面で唸り声をやめた。


「そんなに、大事な用なのかよ」

「とても大事だ。俺はどうしても、アクシオ谷に行きたい」

「……グルル……じゃあ……ちゃんと包み隠さず理由を言えば、俺が一緒という条件で連れて行ってやる」


 ビシッ、と空気が固まる。
 本人に言ったら意味がないぞ……! それに本人に連れて行ってもらうなんて、もっと意味がないだろう……!

 どうしたものかと焦るが、頷くわけにはいかない。
 しかしこれ以上譲る気のないアゼルは、俺が頷くことしか求めていない様子だ。

 美味しい食事とはいえ、ただの捕虜に対して最大限の譲歩をしてくれたアゼル。

 素直に答えられないのは、胸が痛い。

 けれどここに囚われてから、アゼルは俺にたくさんのものをくれた。花ぐらい自分で手に入れて、感謝の気持ちと共に贈りたい。


「……理由は言えないんだ」

「なっ、なんでっ、……! おま、お前まさか……ッ!」


 申し訳なくて少し顎を引く。
 それでもきちんとノーと答える。するとアゼルが驚愕の声を上げた次の瞬間──俺は強い力で、肩を掴まれた。


「く……っ」

「お、お前は俺の所有物だ。魔界を出ようなんて、許さねぇ……! 俺がどれだけお前を待ったと思ってやがるっ。出て行くならなんであんなに優しく笑いかけたっ。お、俺は、お前に……っ!」

「どうし……っアゼル、待て、違……っ」


 混乱した余裕のない様子でまくし立てられ、俺の言葉も聞こえないままのアゼルに、勢いのまま後ろに押し倒される。

 ふかふかの質のいいベッドは、俺とアゼルの二人分の体重を難なく受け止めた。

 それでも腕に力を込められて、ギシ、と骨もベッドも悲痛に軋む。


「アゼル……ッ」


 俺を押し倒す表情は、影になってはっきりとは見えないが、とても、寂しそうな気がして……名前を呼ぶ以上の言葉が音を紡がず、吐息となって溢れた。




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