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一章 魔王城、意外と居心地がいい気がする。
12
しおりを挟む翌朝。
戦闘能力だけが人間国での生命線だった俺は、魔界に来てからも習慣になった毎朝のストレッチを欠かさない。
そのストレッチも朝食が運ばれてくる頃にはちょうどよく終わる。
そして捕虜勇者の俺はコウモリもどきの運んできた朝食を、牢で気持ちの良い状態でいただく──の、だが。
「…………」
カリカリと壁を擦るような音にそっと扉を開いてみると、そこには立派な仔牛ほどの大きさの犬が、たっぷりと桃の入った籠を咥えて俺を見つめていた。
厚みのある尖った耳をぴくぴくとさせて、太い尻尾をパタパタと揺らしながら、しっとりと深みのある濃黒の毛並みをした犬は俺の挙動をおとなしく待っている。
いや、犬にしては耳が小さい。
尾と首が太いな。狼か?
しかしそれにしてもびっくりするほど黒い。まるで闇そのものだ。ここは魔界であるし、魔犬なのかもしれない。
突然の来訪者に警戒心はたっぷりだったが、攻撃する素振りがないのと端的に俺が動物好きなため、扉を大きく開いて犬を室内へ招き入れた。
ちょろいとか言うな。
確かに非常に騙されやすい性格だが。
あやしげな壺を買ったことはないぞ。
犬は慣れた様子で部屋に入ると、いつも食事をしたりアゼルと談笑するテーブルに籠を置いて、ブンブンと尻尾を振りつつ俺のもとへ駆け寄ってくる。
耳をヒクつかせながらなにやら自慢げだが、とてもかわいらしい。かっこいい。
それしか伝わらない。俺に犬語はわからないのだ。
「それが今日の朝食か? お前は賢いな」
「? ……!」
少しかがんでにっこりと笑いかけると、犬は首を傾げて不満げな顔をしたが、すぐにわかりやすいほど目を丸くしてピョンッと小さく驚いたように跳ねた。コミカルな犬だな。
犬は自分の柔らかな肉球を見つめ、次いで俺を見つめ、交互に!?マークが付きそうなキョトン顔で、首をふりふり。
なにがしたいのかわからなくて困っていると、犬は目に見えてしょぼくれる。
耳をペタリ。尻尾もしょんぼりと力なく絨毯に張りつく。
その上薄っすらと光り始めたものだから、俺はおろついて、なんとかしなければと犬をそっと抱きしめた。
「!? ウォンッ」
「ん、なに……そう落ち込むな。どうしてしょげているのかわからないが、元気を出して一緒に桃を食べよう」
「…………」
しゅん。犬は線香花火の火種が落ちて消えるような速さで自身の発光を収め、俺の腕の中で岩のように体を固めてしまった。
……なんだか申し訳ない。嫌なのかもしれないな。
賢い犬は、俺に気を遣っておとなしく抱かれることにしたのだろう。
そう思って離れようとしたが硬直する体とは裏腹に、視界に映る太く毛並みのいい尾は、はちきれんばかりに振りしきられていた。
喜んでいるのか……?
いやしかし微動だにしない。尻尾以外。
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