融解コンプレックス

木樫

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融解コンプレックス(2)

04

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 その後は二人、食欲のそそる出店を煩悩の赴くまま堪能してから帰路に着いた。

 なんやかんやで満喫している。
 まぁ、言っても幼馴染みだ。

 恋を意識すると多少緊張するもののお互いのことは心得ているので、無理することなく自然体で楽しむことができた。

 朝から半日以上の時間を共にした初詣が終わっても、特に気疲れもしていない。

 直もあれこれと興味を持って動くアクティブな雪のノリに無理に合わせることもなく、静かに雪の後を着いてくるいつものスタイルに戻っていた。

 満点の初詣だろう。
 仮にも恋人とのではなく、幼馴染みとの初詣なら、だが。


(めっちゃ普通に遊んでもーた……)


 まだ空の明るい午後の道を歩きながら、雪はムス、と口元をへの字に歪める。

 結局直からキスの提案はなく、ハグやらツーショットやらなんやら、会話の内容もこれと言って恋人らしいことは起こらなかったのだ。

 初めはドキドキと身構えていた雪も気が抜けて、素で楽しんでしまっていた。

 白の積もった川沿いの並木道。
 人は多くない。


「ナオはさぁ。なんちゅうか、俺とのこの試用期間、どない思ってんの?」

「どない?」


 クリスマスから落ち着かなかった気分を今一度整理するべきと見た雪は、隣で歩く直をジト目で伺った。

 直はキョトンと立ち止まる。
 変わらない表情だ。

 聞いたところで説明ベタで言葉足らずな直なので、雪はいつもなんとなーくでしか直のことがわからないのだが。


「恋人やと思ってる」

「仮やん」

「そやけど、名前は恋人やで」

「やから仮やろ? 仮やったら本があるやん。免許かてあるやん。やって、俺はほら……まだ、お前のこと恋愛的に好きになれてへんわけやし」


 ──そんな自分とこのままでいいのか、本当の恋人同士になりたいのか。

 大事なことだから話したい。
 直の目指す考えが聞きたくて、言い難い話ではあるが雪はモゴモゴと切り出した。

 恋愛的に意識をするようにしてから、そういう対象として見られているとは思う。

 けれど恋をしているのかと言うと、たぶん恋ではない。気になる人くらいだ。
 それも自分の仮恋人だから気になるのだろう。恐らく。

 改めて考えると、キスをされるかもと期待していた自分がずいぶん恥ずかしい男な気がした。結構なクソ野郎だ。

 バツが悪くて、直を伺う。
 しかし直はしばらく考えてから、あっけらかんとした表情で軽々しく返した。


「俺は……仮とか、あんま関係ないねん」

「は?」


 それは、予想外だ。
 雪はポカンとした。どういうことかと尋ねると直は説明を始めたが、それもなかなかおかしな話だ。


「やって、俺が恋人なったら、ユキは泣かんでええやろ?」

「あん? なんやそれ」

「泣かせたないねん」

「ってことは、ナオは俺が泣かんかったら恋人やのに俺にちゃんと好かれんでもええってことか? でもナオ、俺に一緒におりたいって言ったやん」

「言うたよ。それは……ユキが俺のこと好きちゃうくても、俺はユキといっしょにおるってことやで。仮でも……どうでもええな」

「っ、はぁっ?」


 ゆっくりな直の話を紐解きながら聞いていた雪は、思わず声を上げる。

 やはりおかしい話だ。
 直の言い分は、つまり〝恋人と別れると雪が泣くから別れない恋人として一緒にいてやればいいんだろう?〟ということ。

 それはおかしい。絶対に。
 ──互いの気持ちがどこにもない。


「そんなん不平等やんっ」

「え? なんで……? ユキは好きにならんで、ええんやで?」

「仮にそうやとしたら、俺は好きでもないナオとずっと付き合っとかんなあかんのっ? どうでもええ男とキスすんのっ? 泣かんくってもクソやろっ」

「ユキがなに言ってんのかわからん……」

「だから好きやないとあかんって言ってんの! 俺は好きな人がええねん!」

「待って、怒らんといて……ユキは俺のこと好きちゃうから、したないってこと? ほんだらキスはもうせーへんし、仮のままでかまへん。それでええ?」

「ええわけあるかい! 俺はお前のこと好きになれるか真剣に考えてんのに、お前がどうでもよかったら意味ないやん!」

「わからん、もうええやん、俺がええねんから、ユキの好きにしてよ」


 雪は一生懸命説明した。
 話し合おうと直に意見を伝えた。

 しかし直はそんな話聞きたくない、わからないとばかりに首を横に振り、もうやめようと無理矢理話を終わらせようとする。

 その態度が気に食わなくて雪がギロリと睨みつけると、直はオロオロと慌てて、怒らないで? ね? と視線で訴える。

 怒りたくて怒っているわけじゃない。
 話が通じない。見ているところが違うのに、直は景色の共有を放棄するのだ。


「俺の好きにしてやったらあかんねん! 二人とも納得せな無意味やろっ?」

「俺は納得しとるよ。ユキも、別に俺のこと、頑張って好きにならんでええねんで? 俺を恋人扱いしといてほしいけど……それ以上はなんもせんでええ。気にすることなんか、ないやん」

「っ、それで喜ぶ思っとんやったら、お前俺をなんや思てんねんコラ……ッ」

「……? ユキ、なんで怒ってんの……?」

「納得できへんから怒っとるんやッ!」


 雪はしょげる直の背中を、バシコン! と強めに叩いた。

 だって、直はバカだ。
 雪の気持ちをちっとも考えていない。

 長い片想いを諦めなかったほど雪を好きだと言いながら、雪の好きだはなくてもいいのだと言う。

 それは結局、雪の気持ちはなくてもいいということじゃないか。

 雪の〝キスがしたい〟も〝寒がらせたくない〟も〝無理させたくない〟も〝好きになりたい〟も、全部全部、なくてもいいということじゃないか。


「あぁクソッ……!」

「ユキ……?」


 ずいぶん酷い拒絶をされたような重さを胸にドンと食らい、雪は頭をガシガシと乱暴に搔きまわした。

 深呼吸をして冷静ぶる。
 心臓がバクバクとうるさい。


「ごめん。ちょっと、一旦帰る。ナオが悪いんとちゃう。でも今は上手に話せへん」

「ユ、ユキ」

「……初詣のお祈り、言い換えるわ」


 戸惑う直に背を向け、一呼吸毎に重苦しい不要な気持ちを丁寧に抱きしめる。


「俺は、真冬に一緒に過ごしてくれるクリスマス前に別れへん恋人が欲しいんやなくて──……好きな人・・・・と、ずっと一緒にいたいんや」


 一人ヒョコヒョコと歩き出してから、雪は願い事は口に出すと叶わないと言われたことを、思い出した。




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