融解コンプレックス

木樫

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融解コンプレックス(2)

01

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 雪雪せつせつ そそぐは融解体質である。
 人間でありながら一定の温度以上で溶けるのだ。

 そんな雪は当然ながら寒さなんてへっちゃらで、業務用冷凍庫の中だろうがツンドラ地帯だろうが、お気に入りのかわいいパンツ一枚でソーラン節を舞える。

 逆に夏場は常に汗だくに見えるほどビチョビチョで、サイズも一回り小さい。

 もしうっかり湯船に落ちてしまおうものなら小学生サイズまで縮むこと待ったなしだろう。難儀な性質だ。

 閑話休題。
 少し話が反れた。

 なにが言いたいのかと言うと、雪は冬が一番元気な人間型雪だるまで──


「手ぇ離せ」

「いやや」

「ほなバイブレーションすんのやめぇやッ!」


 ──ノーマルな人間であるボーイフレンド(仮)こと紺露こんろ なおりは、寒さに弱い低体温な男だということであった。

 年が明けて世界が浮足立つ元旦の神社。

 雪はギリギリギリ、と奥歯を噛み締め、テコでもゆきに近しい自分の手を離さないアホな幼馴染を睨みつける。

 事の発端はクリスマスの後だ。
 直に両手をこう、ぎゅっと握られ、初詣に誘われた。

 イベント好きでアクティブな雪は早めに誘わなければ友人たちとノリで遊びに行ってしまうので、事前に予約しようという魂胆らしい。

 それは確かに合っている。そして両手をぎゅっとするのも合っている。
 真冬に触れられると、雪はつい喜んでしまうのだ。

 アッシュブラウンの短髪に大きめの身長とノリのいい態度。アクティブな性格から、雪はノーテンキなアホに見える。

 しかしこう見えて寂しがり屋さん。

 冬の雪はデリケートなので照れて渋い顔をしながら文句と否定を繰り返すものの、触れてもらえるのは素直に嬉しい。

 そうして元旦の朝。

 ずいぶん早くなにも言わずに玄関前待機をしていた直を𠮟り飛ばして、雪はプンスカと予定より早く初詣にやってきたのである。

 そしてまんまと油断した。
 人でごったがえす神社の中、まさかノー手袋の素手で手を握られるとは。

 はっ倒してやろうかと何度血迷ったか。


「なんで怒んの? 俺、気にならんし……あったかいより、ユキの手ぇ握って冷たいほうがええよ」

「やかましい。その震え止めてから俺に物言えドアホ」

(こっちは冷たいのに普通に触ってくれるお前やから寒がらせたなくて余計にいらんねんボケぇ……ッ!)


 触ってほしいけれど、長々と触り続けて寒がらせるのは嫌だ。

 気にしない直だからこそ全力で拒否する雪は、ムス、と不貞腐れた。

 じんわりと雫を浮かばせている雪の手を握る直の手は、平熱よりも冷ややかだろう。

 雪にとっては温かい手が寒さに震えている。基本的に真顔の直でも、手の震えは間違いない。

 ことごとく雪にくっつきたがるくっつき虫の直だが、冷たいものは冷たく寒いものは寒い。それは愛やら恋やらでどうにかなるものじゃない。

 だから例えば──キス、とか。


「…………」

「ユキ、甘酒飲む? 飲んだら溶ける?」


 クリスマス以来されていないそれをもう一度するとなると、体温を温存しなければいけないんだぞ! と雪は思う。

 呑気にお手手を繋いで震えている場合じゃない。直は温かくして温かくして、一瞬の接触による冷えを耐えきる準備をするべきだ。

 いやまぁ、別に期待なんかしていないのだが。念のため。一応。


「…………」

「したら、おみくじ引こな」


 雪は昨日の夜、恋人試用期間の直が恋人に昇格できるか見定めるにはやっぱり恋人らしいことをしないと、と思った。

 しかしそう考えると、相手が直でも若干浮かれてしまった。

 仮とは言え、恋人との初詣。
 だいたいの恋人とクリスマス前に別れる短期交際の雪は、恋人と初詣に来たことはない。

 今年はキスの一つでもできるのではなかろうか、とソワソワする。

 冷たい体を拒絶されやしないかと不安はあるものの、ボケーっとした直より、自分はこの仮交際に真剣だ。

 言っておくが、バッグのポケットにリップクリームとブレスケアなんて入れていないのである。

 そんな童貞臭いことなんて、いやまあ童貞だが、今その話はいいだろう。
 どうせ直も童貞だ。この童貞野郎。


「ユキ。もうすぐ、お参りや」

「うぃ」


 童貞ブーメランをハートに直撃させた雪は、大人しく頷いた。

 考えても仕方がない。相手は元・幼馴染み、現・ボーイフレンド(仮)。

 試用期間の今は自分が直を好きになれるかどうかを見定めるべきで、付き合ってくれている直に夢のウィンターキッスを求めるべきではないだろう。

 お賽銭箱に小銭を投げ、雪はパチンッ! と両手を打ち鳴らす。


「神様仏様どっかの誰か様ッ! 何卒、何卒真冬でもデートしてくれてクリスマス前に別れへんかわいい恋人ができますように……ッ!」

「ユキ。声に出したら、叶わへんらしいで」

「アホォ! 大事なことはちゃんと口に出さんな伝わらへんやろ!」

「はい」


 必死の形相で直を睨むと、直はキュッと背筋を伸ばして頷いた。雪の本気に本能が服従したらしい。

 本気の雪はもう一度目を閉じ、真剣にナムナムと拝む。


(神様仏様どっかの誰か様……!)


 今度は口に出さずに祈っておく。
 不安になんてなっていない。二回頼んでおいたほうがいいかなと思っただけだ。


「……仮でも、俺が今、デートしとるし……今年のクリスマスも、別れへんのに……」


 ポム、とお手手を合わせ一回ぶんだけ祈る直の拗ねた呟きは、懇願に忙しい雪には届かないのであった。




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