融解コンプレックス

木樫

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融解コンプレックス(1)

04

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 そそぐは周囲との交流が好きだ。

 なんにでも興味を持ってチャレンジしたし、いつでもウヒヒと明るく笑って分け隔てなく誰とでも仲良くした。

 勉強はそこそこなのにおふざけや悪乗りも少々嗜む、憎めない困った子。

 それが周囲が下したこれまでの人生の評価である。自分でも困ったさんな自覚はあった。飽き性で勉強は続かない。大正解。

 人が好き。人との触れ合いが好き。

 結果的に恋多き男だという自覚もおおいにあった。仕方がない。
 みんながみんな魅力的すぎて、愛さずにはいられないのである。

 幸いにして一途な質だったので同時に誰かに恋したりはしなかった。

 恋が終わってすこぶる落ち込み、次へ向かうまで心変わりはしない。雪が恋する相手に性別の隔たりはなく、それゆえに余計に恋は多くなる。

 恋は何度しても慣れない。
 いつも新鮮にドキドキと胸が高鳴る。

 お調子者の性で誤魔化してしまうが、本当は一挙手一投足が真剣勝負。

 だから、だ。

 みんなが凍える季節になると、大好きな人たちは必ず雪に別れを告げることが、年々大きな傷になってきたのは。

 抱きしめるのを躊躇する。
 手を握ると避けられる。

 悪気はないことでも、小さな傷は繰り返されることで大きな傷をすり込んだ。
 そうすると気まずくなってしまい、耐えられずに恋人たちは去っていく。

 溶けてしまう夏より、凍える冬が嫌いだった。いっそ抱きしめて溶かしてくれればいいのに。

 けれどそうすると、雪の大好きな人が寒さで震えてしまうのだろう。

 冬が嫌いだ。

 サクサクと薄い積雪を泥で蹂躙しながら、イルミネーションされた街路樹の間を歩く。

 街はあたたかそうな恋人同士や家族で溢れている。一人だけれど小走りで駆けていく人たちは、きっとあたためてくれる人が待っているのだ。


「──……あ」


 ふと、声が出た。
 はたと立ち止まる。

 車道を挟んだ向こう側で、手をつないで歩くひと組のカップルを見かけたのだ。

 それは背の高い若い男と彼より幾分小さな少年の二人組で、仲睦まじそうに手をつないで笑い合っている。

 いかに距離が近くとも、同性の二人組がひと目でカップルと断定できるだろうか。
 世間の皆様はそう思わないから彼らを特に注視せずに、自分たちの目指す場所へ向かっているのだろう。

 しかし残念ながら、雪には断定できた。
 背の低い少年は、一週間前に別れた雪の元・恋人だったからだ。

 二人は密やかに指を絡ませ合いながら肩が触れ合うほど寄り添って、温かなオレンジの照明が漏れるイタリアンの店に入っていく。

 ガラン、とドアベルを鳴らして扉が閉まるのを見送り、雪はまた人の波をかき分けて歩き出した。

 ──胸にあるのは、確かな僻み。

 本当は、わかっていた。
 自分の体質のせいで雪の好きな人は離れていくのではなく、雪自身にも愛され続けるにあたるなにかがないのだと。

 触れると冷たいから触れてもらえないのではなく、触れても温かくないから触れてもらえないのだろう。

 一緒にいると凍えるから離れていくのではなく、一緒にいても体の温度が上がらないから離れていくのだ。


「笑っとったなぁ。……手ぇ、つないでるんやん」


 ボソリと、吐き捨てる。
 悪態を吐いたつもりなのに、言葉は迷子のような響きを孕んで、白くならない吐息と共に溶けた。

 春夏秋冬。
 季節がどこにあろうとも、世の中の人々は誰かに寄り添うことを厭わない。

 誰かに寄り添いたい、寄り添われたいと思うことに、全ての事柄は意味を持たない。

 ──俺が恋した人が離れていくのは、俺が雪だから仕方がない。

 そう思い込んで自分の価値から目を背けたのは、いつが最初なんだろう。

 こんなに寒いのに、あの少年は雪ではない人となら温かそうに笑っていた。付き合い始めた頃はよく笑い合っていた。

 笑わせてあげられなくなったのは……いつからだろう?

 触れると手を引っ込めるようになったのは、どちらが先だった?

 言い訳だった〝俺は雪だから〟を呪いに変えたのは、臆病な自分の心じゃないか。

 言い訳を持っているだけ、世間の皆々様より逃げるのがうまくなっただろうに。


『ユキくんは、僕のこと好きなん?』

『あっ当たり前やん! いっちゃん好きやで!』

『ふぅん』


 いつの間にか、好きな人じゃなくて、好きでいてくれる人を選んでいた。

 本当は、本当は、全部わかっている。

 突然自分をフって間もなく別の人とイブを過ごす元・恋人を見ても、泣きたい理由が未練と愛情ではなく妬ましさと惨めな自己嫌悪である時点で、あの質問の答えは大嘘だったのだ。

 だいぶ前から、わかっている。
 名前もあだ名も体質もゆきである自分が一番、わかっている。

 瞳がとろけて落ちそうな男。

 自分が恋をする体温で、溶けてしまうような心なのだ。




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