誰かの二番目じゃいられない

木樫

文字の大きさ
30 / 42
3.もう一番目じゃいられない

04

しおりを挟む


 夜鳥は嫌になるほど静寂だ。

 顔を上げる勇気がない朝五は、コンクリートの微細な斑を前に、乾いた声帯を震わせる。


「誰かの一番好きな人になりたかった俺も、俺の一番好きな人になったはずの誰かを、傷つけてたってこと」

「…………」

「その誰かがお前だったってことが、めちゃくちゃ痛くて、苦しくて、自分のことが許せなくて……おかしーよな。付き合ってるけど、お前のこと好きになったわけじゃないって言ったのに、こんなにお前を忘れた自分が嫌いなんだぜ。最低だ」


 自嘲気味に笑う。

 矛盾した思考を呪っていた。
 都合のいいことを並べて、それをやめられずに吐露する。


「せいちゃんの真剣な気持ちを簡単に受け入れて忘れて、十三年間、縛ってごめん。傷つけてごめんなさい」


 ザリ、と額が冷たく擦れた。

 まぶたを閉じる。暗闇の中で自分の心と対話する。大丈夫。答えはちゃんとここにある。もう逃げない。

 覚悟を決めて顔を上げ、茫然とただこちらを見つめている夜鳥に向き合った。


「今の俺が一番好きなのは、せいちゃんじゃない。ここに、俺の前にいる夜鳥 成太なんだよ」

「っ……」

「俺はお前が一番大好きだ。だから今の俺を、一番好きになってほしい」


 一言一句を大切に舌で転がし、今度は忘れないように、鮮明に贈る。


「俺はお前の、一番好きな人になりたい」


 嘘偽りなく、本心からの声だった。
 自分を許せなかったのは、夜鳥に惹かれてしまっていたからだ。

 残酷な自分を好きな人の前に晒していたくなかったから、逃げ出した。

 好きな人を傷つけたから、自分が嫌いになった。

 そして仕方なく付き合ったはずの夜鳥に本気になってしまったから、手を離すこともできずに、たった一言の文字を恋しがっていた。

 朝五はそういう、愚かな男だったのだ。


「……朝五、俺は」

「あ、まっ、まだ言わねーで。わかってるから、めちゃくちゃ言ってるし、好かれたから好きになったのかって思われるかもしんない。けど俺、本気だ。本気だから、ちゃんと過去にケリつけてから付き合いたい……」


 眉根を寄せて薄く唇を開いた夜鳥を前に、朝五はどんな言葉でなじられるのかと邪推して、子どものように駄々を捏ねる。


「昔の俺への恋を諦められなかった夜鳥が、今の俺を好きでいてくれる理由はないと思う……でも、俺は、今のお前のことが好きになっちまったんだよ……」

「そっか……」

「俺、あんなに真剣に好きになってもらえたのは初めてなんだぜ……あの時めちゃくちゃ、嬉しくて……恋愛感情じゃなかったけど、俺はお前のこと知りたいなって、気になってさ……」

「うん……」

「勝手に暴走して怒って泣いたのに、お前は嫌にならずに、俺の言い分を聞いてくれたじゃん……? 自分のためにあんなに努力してくれる人がいるなんて、知らなかったわ……知ったら俺、お前の努力に気づきたいって思っちまって、下手な質問したよな……」

「朝五……」

「夜鳥、好きだよ」


 くしゃくしゃに歪んだ真っ赤な顔は、とても見れたものじゃないほど不細工だろう。

 それでも朝五は、溢れ出さないように抑えることに苦労していた涙をトロトロと伝わせ、できる限りの笑顔を作った。


「変わり者だしあちこちズレてるけど、愛し方が不器用過ぎで、バカみてーなことでも一生懸命気にして、話が下手くそで、融通が利かなくて、一途で、愚直で、しつこくて、必死で、そんで……──」

「笑い方が、すげぇ好き」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

処理中です...