誰かの二番目じゃいられない

木樫

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2.バカにされては笑えない

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「シャワー、先に借りるね」

「……どーぞ」


 知らない背中がバスルームへ消え、残された朝五は、肩を丸くして項垂れた。

 自業自得だと、戒める。
 どうしてこんなに傷悲を感じているのか、頭ではわからなかった。

 夜鳥と付き合うことになった日。
 確かに傷心を慰めた夜鳥は、世界中を恨みがましく妬んでいた朝五があの瞬間に最も欲していた言葉を与えてくれた。

 言われたことがない告白の嵐。出会ったことがないタイプの人間。新鮮だ。
 確かに夜鳥はとても魅力的で、信じたくなるほど真っ直ぐに見えた。

 けれど、自分は夜鳥を愛しているわけじゃないはずである。好きだとも言っていない。これはそういう恋人関係。

 なら夜鳥が本気であればいいなと思ったことも、それが違って裏切られた気になっているのも、お門違いだろう。

 出会った日と今日の夜鳥。

 本当の姿はどちらなのだ。返ってこないメッセージと与えられる微笑み。矛盾のワケは、なんなのだ。

 ──こいつのこと、ちゃんと知りたい。

 そう思ってしまったから、朝五ははっきりと断ることもできた夜鳥の恋人理論に頷き、見極めようと今日のデートにやってきた。

 その結果がこれなら、自分はいかにもバカな男じゃないか。


「朝五」

「うん……」


 渋滞する思考に押しつぶされそうになっていると、バスローブ姿の夜鳥が戻ってきた。次は自分だと心得ているので立ち上がる。

 すれ違いざま横目で伺った夜鳥はぼんやりした性格に似合わず、意外にも引き締まった身体をしていた。
 朝五の目には、そんな夜鳥が自分よりずっと引く手あまたの遊び人に見えた。

 服を脱いでバスルームに入り、身を清める。交わる部分は入念に。しかし気持ちはどこか宙に浮いている。


「……勝手に浮かれて、バカみてぇ……」


 濁った水が回転しながら排水溝に流れていくように、朝五の思考も落ちていく。

 遊び人の夜鳥は、おめおめと恋人に捨てられた朝五が食べ頃の獲物だと感じたのだろう。
 手慣れたデートで楽しませて餌を与え、ベッドに誘って肉欲を満たせばいい。朝五が拗ねようが気落ちしようが関係ない。

 連絡は返さないくせに、ちゃっかりホテルには連れ込むふしだらな男。

 そう割り切れば、朝五もいちいち本気になって愛だの恋だの考えなくて済む。

 孝則も、夜鳥も、朝五に好きだと言う人間は、朝五がそういうオモチャに見えているに違いない。どこかで雑に扱ってもいい人間だと、都合をつけられた。

 それならもう、好き勝手にすればいい。

 どうせ自分は、いつも二番目以下。
 誰かの一番じゃ、いられないのだろう。


「ふ……ちくしょう……ぅ……」


 ズクン、と心臓が面倒な鼓動を刻む。頭からシャアアアア……と降り注ぐシャワーの湯が熱すぎて、うっかり喉の奥が裏返りそうだ。

 ──俺はバカなんだから……夢なら夢だって言われないと、わかんねぇだろ。

 朝五は表情筋をくしゃくしゃに潰して、投げ売りの体を洗った。唇を痛いくらい噛み締めるが、無念が晴れずに満ちていく。

 今から自分は、都合よく抱かれるのだ。

 そう思うと、もう我慢ができなくなり、不定形な栓が壊れてしまった。




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