誰かの二番目じゃいられない

木樫

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1.彼氏の千円じゃ支払えない

07

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「なんだよコノヤロー……てか夜鳥、なんでいんの? またなんか用事? それともたまたま? なら偶然過ぎて怖いわ」


 呆れを含みながら尋ねる。

 初対面の時も同じだ。
 夜鳥の独特の空気に絆され、ウジウジと悩むのも脈絡のない態度に文句を言うのも一時的に馬鹿らしくなった。

 朝五に声をかけられ、夜鳥は嬉しげに薄い笑みを浮かべた。


「朝五がカレシと別れるのを待っていたんだよ。そうしたら帰りがけに見かけて、追いかけてきた。約束したからね」

「約束? なんかしたっけ」


 夜鳥は深く頷いた。
 膝に両肘をついて繋いだ手の指に顎を乗せ、長めの前髪から眠たげな双眸を覗かせる。


「俺が告白したら、朝五はカレシがいるから無理って言ったでしょ? だから、カレシと別れたら俺と付き合ってねって言った」

「あー……」


 記憶を浚って言い分を理解すると、そんなことを言っていた気がした。

 だから付き合えと言われるのか?
 うろ覚えの朝五は決まりが悪く、夜鳥の言葉の続きを待つ。


「それじゃあ約束通り、カレシと別れた今の朝五は、もう俺の恋人だ」

「あーい?」


 しかし、予想は遥か彼方へ吹き飛んだ。朝五はグリ、と首を傾げる。
 こいつはなにを言っているんだ。


「あんだって?」

「カレシと別れたら俺と付き合う約束。別れたから、自動的にもう付き合ってる」

「あーね。了解。夜鳥くんヤバイ人ね」

「ん? んーん。俺ヤバくないよ」


 緩慢に首を振り否定する夜鳥。
 稀代のバカちんに至極真剣な説明を受けた朝五は、深いため息を吐いた。

 夜鳥は幼稚園児に等しいアホウだ。
 もしくは強引に関係を持ちたいだけのとんでもない遊び人である。

 前者なら、恋が下手にもほどがある。

 ある程度恋愛経験があって当然だろう大学生の男がする追いかけ方じゃない。思考から可能性を弾く。

 ならば後者が濃厚だろう。

 突然の告白から朝五が孝則と別れるまで待ち、別れた途端約束を傘に言い寄る。

 それがまかり通ると思っているならとんだお門違いだ。一方的な約束に誰が本気で従うものか。常識を学び出直してこい。


「フリーだから付き合え、とかじゃなくて自動的に付き合ってんの? 強引すぎじゃね? 普通にヤベーっしょ」


 夜鳥がどういうつもりなのか当たりをつけた朝五は、キチンと意思を示した。

 かんたんにいくものか。
 今は特に神経が尖っている。好きだと言う相手には、必要以上に不信感を抱く。


「ヤバくないよ。大丈夫」

「なんでさ」

「朝五が好きだから」


 ──ハッ、まだ二回しか会ってねぇのに俺のどこが好きなんだっての。

 呆れた自信家だ。
 それが理由にならないことを朝五は嫌と言うほど味わっていた。むしろ食傷気味。ノーサンキュー。

 朝五がじっとりとした視線で嬲ると、ビー玉のような思考の読めない瞳がなぞる。


「朝五。俺は朝五の嫌がることはしない。だけど朝五の恋人枠は埋めたい。だって俺が一番、朝五を好きだ。今後誰が朝五に好きだと言っても、それは俺よりも好きじゃない好きだ。なら、俺が朝五の恋人枠をとりあえず埋めるのがイイと思うんだよ。俺は心からそう思っている。強引だとしても、譲れそうにないんだ」

「っな……っ」

「お願い。俺を朝五の恋人にしておいて」


 そう言って夜鳥は膝に両手を置き、躊躇なく、丁寧に、深々と頭を下げた。

 朝五は慌ててやめろと引き止めそうになったが、なんとか唇を噛み締める。

 オロオロと胸の内の芯が困惑した。

 こんなふうに好かれたことも、縋られたこともない。真正面から向き合って、恋をされたことがない。突っ張っていた虚勢が、ほんのりと揺らぐ。


「いいカレシであれるよう頑張るから、どうぞ末永くよろしくお願いします」


 揺らいでいる間に夜鳥の頭がダメ押しを突きつけるものだから、余計に困る。


「……っ……」


 困った朝五は鼻の奥がツンとして、強く手を握った。──だって初めて、そんなことを言われた。

 恋人にも言われたことがない。
 そもそもこれまでの恋人は朝五が好意を寄せてアプローチをかけていたので仕方ないだろう。

 まるで結婚の挨拶じゃないか。
 重い。ウザイ。面倒くさい。世間様にはそう言われるジャンルの伝え方だ。

 けれど、ずいぶん蔑ろにされてしまった傷が残る今……大事にされると、泣きたいような気分になった。




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