誰かの二番目じゃいられない

木樫

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1.彼氏の千円じゃ支払えない

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 こんなのあんまりだ。酷すぎる。
 泣きたい気分になるが、泣くと格好が悪いのでこらえる。

 今日は朝五のバースデーであるからして主役のはずなのに、孝則の気がそぞろだったので自分でディナーの予約をした。

 二人で見る予定の映画だって本当は別の映画を見たかったのに、孝則が楽しめればいいと思って密かに孝則が見たがるジャンルを選び、自分が見たいのだと嘘を吐いた。

 さらにいざデートへ! と合流早々スマホに夢中でも喧嘩をしたくないから自由にさせたし、それでもダメだから嫌がる素振りを見せた。

 朝五なりに考えて恋人との関係を長続きさせようと努力したはずだ。──だというのに!

 恋人には朝五より優先するものがあって、デラックスチョコパフェの代金も朝五持ちというオチがつく。最低最悪クソエンド。


「マジつれーよー……なんで目移りすんだよー……せめて俺に不満あれよー……」


 朝五の目じりに雫が浮かぶ。
 グス、と鼻を啜っても去っていった恋人が帰ってくることはない。しかも自分のよそ見に気づいてもいないのだろう。

 それら全て、朝五はよくわかっていた。

 恋人に移り気の自覚がない。朝五を傷つける気はないと思う。去り際の恋人には、ただ予定を中断して申し訳ないという気持ちしか感じなかった。

 でも、だからこそ、本心なのだ。


「だってさぁ……誕生日でもさぁ……俺以外の誰かに呼ばれて、俺よりその人を優先するってことはさぁ……もう、俺はたかりんの一番じゃねぇんだよさぁ~……」


 こうなるともう、あとは相手がそれに気づくまでのデッドレース。
 転落してなるものかと必死にいい顔をして取り繕っても巻き返せた試しがない。

 もう終わりなのか、とほんの一粒の涙をこぼし、駄々を捏ねる子どもと同じく額をテーブルに当てつけて指先で無意味な円を描く。

 ──そんな朝五の指先を、不意に温かいものが捕まえた。


「っ!」


 誰かに指先を握られている。誰だ?
 状況を理解した朝五は反射的に手を引こうとするが、相手の力が強い。

 慌てて顔を上げると、そこには口元を薄く微笑ませた男がいた。

 知らない男だ。同年代くらいだと思う。やたらに背丈が大きく全体的に色素が薄い。サラサラとして真っ直ぐなほうじ茶を思い出す淡い髪。

 男はうすらと笑ったまま小首を傾げる。


「座っていいかな」

「んっと、いいん、じゃね?」


 あんまり自然に尋ねられたので、朝五はつい頷いてしまった。

 許可を得て孝則が座っていた席に腰を下ろす謎の男。やはり大きい。
 人差し指を握ったままの手も自分のものより一回り大きかった。小さい男のつもりはないのに、なんとなく小さくなった気になる。

 不思議と警戒心は湧かなかった。

 ただ指を掴まれたままなのが気になって無言で軽く振りほどくと「あぁ、ごめんね」とあっさり離され、フィー、と安堵する。

 変なやつだ。
 天然か? そもそもなぜここに?

 相席にならないといけないほど店内が混んでいるのかもと思い周囲を確認してみるが、空席がいくつかある。

 不審げな朝五の視線に気づいた男は、用があって来たのだと微笑んだ。


「俺、夜鳥よどり 成大せいた。朝五と同学年で同じ大学に通ってる。それでね、朝五──……好きです。付き合ってください」

「はい?」


 それはあまりに突然で、脈絡のない告白だった。

 思わず聞き返した朝五は悪くない。教えてもいない名前を呼ばれたことも気になるが、それでね、と投げかけられた要望に驚く。なに一つ繋がらないぞコノヤロウ。


「俺を朝五の恋人にしてほしいんだ」

「いや、無理。カレシいますわ」


 男改め夜鳥は気分を害することなく、顔色ひとつ変えずに今度はよりわかりやすく告白された。わかりやすくコノヤロウ。

 朝五は両腕を大きくバッテンにして首を横に振る。当たり前だ。まだ別れちゃいない。例え本日バースデーこと主役である自分がデラックスチョコパフェを奢らされても。

 するときっぱりフラれたくせに動じない夜鳥が「知ってるよ」と頷いた。




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