誰かの二番目じゃいられない

木樫

文字の大きさ
上 下
1 / 42
1.彼氏の千円じゃ支払えない

01

しおりを挟む


 秋風の心地いい土曜日。
 今日は──夢目乃ゆめめの 朝五あさごの人生が二十年目を迎えた日だった。

 大学の近くのカフェテリアにて、クリームの溶けたカフェロシアンをかき混ぜながら朝五は目の前でスマホを弄る男の顔をじっと見つめる。

 実に嬉しげな崩壊具合だ。
 その緩みきった頬を引っぱたいてやれば朝五の退屈を理解するだろうか。いやしないだろう。誕生日にまで血を見る喧嘩をしたくない。

 ──もしもーし?
 ──なにデレデレしてるんですかねー。
 ──君は俺の恋人くんでしょうに。

 口に出すのも手を出すのも悪手な気がするので、心の中で訴えた。

 これも、最近はいつものことだ。

 学部は違うが同じ大学。
 ほとんど幽霊メンバーとして気まぐれに参加しているサークルの集まりで出会ったのがきっかけである。
 気と性癖と視線を交えて始めた、男同士のお付き合い。

 けれど交際八ヶ月になる彼氏──孝則たかのりは、朝五よりも気になる相手ができている。

 故に本日も絶賛よそ見中。
 デート中だろうが変わらずこうで、朝五の心臓は毛むくじゃらに毛羽立っていた。


「なー。誰からの連絡? 急ぎ?」

「ん? いや、ちょっと。今続いてるから、話切れるまでだけ返すわ」


 ほら、この通り。

 朝五へ言葉を返す時ですら孝則はこちらを見ない。相手が目の前にいないメッセージは画面に穴が空きそうなほど見つめているくせに、だ。

 話が切れるまでだなんて、どうせ永遠に終わらないくせによく言うじゃないか。

 朝五はカッフェとチョコソースの混ざった甘ったるい溶液を口に含み、ため息をこらえた。
 横恋慕の経験がありすぎて前兆くらいは読み取れる。不要な能力。冴える勘。


「ほーん。でもずっと構ってくれないと、かわいい恋人がヤキモチ妬くぜ~?」


 だから、抗う。

 朝五はテーブルに頬杖をついて、上目遣いを意識しながらジャブを放った。

 鍛えたボディは着痩せするので細いほうではあるが、どこからどう見ても男である朝五がかわい子ぶったって気は引けないだろう。

 オレンジ系の金をかき上げ毛先を遊ばせた髪にいくつも開いたピアス。
 見るからに派手でかわいげなんかない。そもそもゲイである孝則にかわいらしさを推すのもお門違いだ。

 だが、黙って盗られる気なんかない。
 こっちを見てほしい。

 まだ自分が一番だと、一番であれるよう距離を詰めた。

 けれどそんな攻撃は意味をなさず、孝則は渾身の上目遣いを見ることもなくスマホだけを見つめている。

 さらなる追い打ちを放とうとするが、それより先に「おっ」と短い歓声をあげ、孝則が立ち上がった。

 ガタンと一人分の椅子が鳴く。


「たかりん、どしたの?」

「悪い、朝五。ちょっと急ぎで呼ばれてさ。誕生日なのにごめんだけど、俺行くわ」

「はっ? 嘘マジでっ?」

「あ~いや、マジでごめん」


 嘘だろ、と思った。
 しかし孝則の表情は現実だ。理解と共に、体温がサァと冷える。


「ンなの困るっ! 映画はっ? チケットとったじゃんっ? それに晩メシも俺、実は予約してて……っ」

「今度埋め合わせるか、予定合わないかもだから他の人と行っていいぜ。ここの払いは俺が持つから、いいだろ? 悪いな」

「いやいやそういう問題じゃなくて──」


 朝五は慌てて立ち上がろうとした。
 しかし孝則はさっさと財布から千円札を取り出してテーブルに置き、さっさと背を向けて去っていく。

 残された朝五は、ポカンと硬直。


「……誕生日とか以前に、一ヶ月ぶりのデートだっつー話なんですけど……」


 間抜けな顔で一人哀れにささめきながら、徐々に状況を理解していく脳。

 数秒。理解とともに毛羽立った心臓を猫のようにブワッと逆立て、奥歯を擦り合わせながら悔しい息を吐く置き去りの体。


「~~ッてか! たかりんがデラックスチョコパフェ頼むから千円じゃ足りねぇんですけどォ……ッ!」


 絞り出すように周囲を気遣った慟哭のあと、朝五はそのままの勢いでテーブルにベタンッ! と突っ伏した。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ

樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー 消えない思いをまだ読んでおられない方は 、 続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。 消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が 高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、 それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。 消えない思いに比べると、 更新はゆっくりになると思いますが、 またまた宜しくお願い致します。

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

王子様と魔法は取り扱いが難しい

南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。 特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。 ※濃縮版

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

処理中です...