人の心、クズ知らず。

木樫

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甘話 ハルとデート。

02(side春木)

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 胸の奥で深いため息を吐いた。
 握った寝巻きを離し、まぶたの裏に咲の姿を浮かばせる。


「……咲」

「んー……?」

「ルールはわかるけど、ドアの向こうから、なにが来るんだよ」


 あまり意味の無いことを聞いた。
 咲の興味を引く話題だからだ。

 本当は知っているのにわざわざ聞きたがる意地の悪い八つ当たりで、溜飲を下げようともしている。

 俺は性格悪ぃんだよ。
 咲が性格悪ぃから。

 寝入りばなの暇を潰したがっていた咲は、急な質問に「あはは」と笑いながらモゾリと身じろいで、俺と同じく仰向けに転がり直した。


「なに言ってんの? ハル。ドアは開かないし、向こう側にはなんにもいねーよ」

「…………」

「ほらもう、怖いことねーから、ねんねしなさいな」

「……うん」


 トン、と頭に手を置かれたかと思うと、その手はすぐに離れて、布団の中へ引っ込む。

 子ども扱い。お前は、子ども。
 俺は目を閉じたまま触れられた一瞬の熱に全神経を集中して、名残りを反芻して、感覚器官に覚え込ませる。


(咲にとって、ドアは全部、生まれ育ったあの人形部屋のドアなんだ)

(そのドアがもう開かないってことを、わかってる)
(開いたとしても、そこに誰もいないってことをわかってる)

(怖いことねーって言うのは、開いたドアの先になにもないことも、ドアが開かないことも、ドアが開くものだということも、咲には恐怖でしかないから)

(ただ恐怖という感情を知覚できなくて、俺を……他人を通して確認してる)

(自分と同じかどうかを)


 皮肉なことに、体の繋がりを持たない俺が、咲の言うことを一番スムーズに理解できる人間だった。

 でも咲がわかる人間はズレてる。
 ゴメンな? 咲ちゃん。

 性格悪いって言っただろ。
 優しく愛せねーお前と違って、俺は優しく愛してやんねーの。

 〝もう要らない〟

 そんなわかりきったことを改めて言葉にさせられたって、咲は傷つかない。だからできる。咲が傷つくならこんな確認できない。

 わざわざ残酷な事実を当人に言わせて、父親に期待してねーって、蜘蛛の糸より細い片想いだって、気づかないで諦めている咲を確認して、俺は泣きたいくらい、安心するんだ。

 咲が、誰かのものじゃないって。
 咲が、俺と同じ、心臓が腐るような不毛な恋を抱えているって。

 だって、でないと、咲が誰かのものになっちまったら、俺は死ぬまで笑って、咲の結婚式に出て、咲が相手と笑ってる姿を見て、咲の特別な相手と、そうじゃない自分の差を眺めながら、それでも咲が好きでたまんねぇって、ずっと一人で自慰行為ばっか、精子の無駄遣いして、咲を騙したまま死んでいく。

 それでも愛してる。
 そういう気持ち、わかるだろ?

 そうだよな、咲。
 俺とお前は、なんだって、どこまでだって、同じなんだよな。

 だってお前は──この世で唯一愛した男と血が繋がっていた挙句、息子ですらなく人形であれと望まれたんだもんな。

 絶望的に叶わない。
 殺してやりたいと思うほど憎い。

 なのに、咲の恋に気づきもしないでくれて、ありがとうって。
 そんなクソみてぇな事実をクソみてぇに喜んでさ。

 咲を騙して同じのベッドで眠る時の俺は、まぶたの裏側で、いつも泣いている。


「咲……俺さぁ……」

「……ぁーぃ……」

「おんなじ墓に入りてぇわ……」

「そー……そいつと一緒に棺桶に潜れば、入れんよ……知らんけど……」


 重いまぶたを開けることなく、終身の願望を唱えた。

 明らかに眠そうな咲を無視して、誰の、ともなんの、とも言わずに脈絡のない話をいくらしても、咲はそれを咎めたりしない。


(……好きだぜ、咲野。咲)


 咲が先に死んだら、俺は迷わず棺に潜り込んで、こうして並んで焼き殺されたって構わねーよ。

 どうせ生きてても、焼かれるような場所なんだから。お前の隣は。

 だけどそうして焼かれた灰が風に吹かれて交わるなら、喜んで生きながら焼け死んでやりたくなる。

 煤けなければ抱き合えない。
 遺灰で初めてセックスする。

 親友とは、俺にとってそういうものなのだ。




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