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第十話 人の心、クズ知らず。
25(side翔瑚)
しおりを挟む「そう言うけど、翔瑚も自分だったらって俺を気遣って辞退してるだろ? 俺だって、自分がそうなったら凄く残念って思ったから翔瑚を誘うんだぜ」
「……。そ、それとこれとは別だ。そもそも今日はお前の日だぞ。遠慮するのは当たり前だろう?」
「けど、翔瑚の日がダメになったのは翔瑚のせいじゃなくて不幸な事故じゃねーか。だからこれは幸運な事故」
「──……!」
「もし逆の立場になったら、今度は翔瑚が拾ってくれればいいよ。ほら」
目を見開いて振り向くと、ちゃめっ気たっぷりに指を立てて再度ニカッ! と笑顔を見せる今日助。
これ以上反論できなくなった俺は、へにょりと眉を困らせ、今日助の額を指の関節で触れる程度にコンと小突いた。
笑いごとじゃないぞ、もう。
「コラ……そんなに優しくしたら、今日助が割を食ってばっかりじゃないか」
「はは、平気。言っとくけど、俺だって咲の恋人たちにしかこんな提案しねーぞ? 特殊な仲間意識と、何百人いても咲が俺を放置しないって確信得てるからできるだけな」
「いやしかし……」
「まぁまぁ。そもそも曜日を決めるのは咲が鉢合わせした俺たちが喧嘩すると嫌だからだったろ? でも俺と翔瑚は根っから性格的に喧嘩が向かない……ってわけでそもそも全然問題なし」
「ハッ……!」
「な? 一緒に食おうぜ、翔瑚」
「きょ、今日助~……っお前、人生二週目なのか……っ?」
ヒソヒソと小声で話し合った俺は、感激のあまり今日助にあらぬレッテルを張って拝み倒した。
今日助は驚いて首を横に振るが、間違いない。彼の前世は釈迦だ。徳を積んで今日助に昇格したんだ。
まぁ、同じところもあったな。
やっぱりみんなそうなんだろう。
咲を独り占めしたい欲望は当然ある。だが同じ立場の恋人が他に四人いて共有するのだ、と理解して付き合っているので、今日助の言い分はよくわかる。
長く険しい片想いだった。
恋焦がれた夢を諦めなかった。
同じ辛苦を知る同志たちだ。
そしてあんなことがあっても咲から離れないほど、真剣に、愚直に、自分そのものを賭けて咲を愛している。
咲は一人を選べない。
でも、咲は全員をほんとうに一生懸命、心から愛してくれている。
みんなが同率一位なのだと。
それならライバルじゃなくて、たぶん、きっと、俺たちは家族。
欠片も嫉妬しないわけじゃないけれど、恋心とは全く違う、されど友情では物足りない奇妙な愛を感じている。
そういう不思議な関係なのだ。
はは、俺にもまだよくわからない。俺は普通だから理解が遅い。
だがいいものだと思うぞ。
「それじゃあええと……嫌になったら追い出してもらって構わないので、お邪魔しようかな……」
「あはは、おうさ。翔瑚は料理ができるから助かるよ」
俺がへにょりと眉を垂れさせて笑うと、今日助はウェルカムとばかりに親指を立てて笑った。
余談だが、今日助は犬派である。
大人びた社会人なのに咲に関連するとすぐ醸し出す哀れな大型犬オーラが今日助の愛護精神へ拍車をかけていたことなど、知る由もない俺であった。
(side咲)
「……ンー……」
いつもどおりの薄ら笑いを浮かべて、和やかな空気でヒソヒソ話をする恋人二人を眺めながら大人しく待てをしていた俺は、コクリと首を傾げた。
いやね。俺ちゃん。
現在珍しく、有り余る気配を消してナイショ話を盗み聞きしてましてね。
こういう時、今までの俺なら気の赴くまま二人を弄って待ち時間を潰すか、通りすがりを捕まえてウザ絡みするか、気ままにお散歩するか、どれも気が向かなくて電信柱のように立ち尽くしておくか、その他なんちゃらだった。
でも今はそうもいかない。
ナイショ話を盗み聞きして状況の把握に努めつつ、でしゃばることなくなるべく存在感を薄めておく。
だってキョースケもショーゴも、俺の愛する恋人なんだぜ。
迂闊に動いたりしねーよ。
そりゃまあ二人だけで話してんのは多少寂しい。ような気がする。
なにが寂しいって、俺を忘れて思い出せなくなってたらどうしようって思うから。おーこわ。さぶ。
その感情を隠そうとしなくとも一切顔に出ない自分が恨めしい。
俺はただひたすら二人のどちらかが俺の存在を思い出してくれるまで、微動だにせず待ち続ける。
(……二倍食えっかな……全部混ぜて飲んだら、普通は嫌……? わっかんねー……てかプラスチックのオモチャって二つ食ったら喉詰まんの? やだ困る。長生きしねーとなのに喉詰まんの迷惑だわ。粉砕して食お)
とはいえ、頭の中は自由だ。
ショーゴが夕飯に参加すると決まって、俺の微かな心の機微がフルフルと喜んでいた。ほらノリノリだろ。
あ、ままごとセットが夕飯の場合もちゃんと考えてるから安心してちょ。
ショーゴが作ったご飯も、食べられる程度の大きさなら食べるんだよ。
んま、やわめの素材のがいいな。
「ハンマー、うちにあったかしら」
──そうして非常識へとズレたことを真剣に考える俺に二人が気がついたのは、ほんの数秒後のことであった。
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