人の心、クズ知らず。

木樫

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第九話 サキと夢。

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「俺はお前を愛してるよ、昔から」

「ハッ、ファンタジー?」

「間違いなくただの友人に過ぎない安全圏の俺が隣にいて、安心してたんだろ?」

「俺が? 安心? なんで?」

「お前はそれが当たり前すぎて、離れるまで気づかなかったんだよ。シンユウのハル・・・・・・・がどれだけハリボテの心を支えてたか。離れたことなかったからな、俺が」

「意味わかんねぇ」

「じゃあ教えてやるよ」

「嫌だ」

「『あの人に望まれないなら終わりにしようってずっと決めてたのに、ハルが頼むから、終わりは我慢してやろうと思った』」

「嫌だって」

「『オネダリを叶えてあげたいと思ったのはなんでだろう?』」

「知らねぇよ」

「『あの選択肢、四人の中にハルがいないのはしっくりこなかったんだよな』」

「そうでもねぇし」

「『だから泣いた四人だけじゃなくて、バイバイを言っても泣かなかったハルも、結局サヨナラの項目に必要だった』」

「そうもならない」

「『でも見たかったな。ハルの涙』」

「見たくないって」

「『涙は愛情の証明らしいから』」

「要らないんだ」

「『……寂しい』」

「寂しくない」

「『会いたい』」

「会いたくない」

「『   、ハル』」

「有り得ない」

「『俺も    』」

「できない」

「『    』」

「絶対にできないんだよ」


 息が、苦しい。

 思わず耳を塞いだ。すると俺のいる場所が真っ暗闇になり、目の前にいたはずのハルが跡形もなく消える。

 ひとりぼっちの暗闇になっても、寂しくなんかなかった。

 むしろここは落ち着く。もうこれ以上刺激されるのは耐えられない。砂で作ったかりそめの精神が崩れ落ちそうだ。

 その場にしゃがみこんで、膝に顔をうずめながら目を閉じる。

 もうなにも見たくなかったのに──くい、と背中あたりの布地を泣きそうな手つきで引かれて、背筋がゾワリと粟立った。


「ショーゴ、うるさい」

「……本当は、今もずっと、咲を愛してるよ」

「だからなんだよ」

「でもお前のことがちっともわからない俺が、一番お前を傷つけてしまった」

「ハッ、現在進行形の解釈違いだね。オマエは俺がわからない」

「そうだ。わからない。お互い様だ。だが異常がわからない俺たちと普通がわからない咲なら、まるで咲が悪いように感じてしまうだろう?」

「真実でしょ」

「咲だけのせいじゃない……俺や、俺たちに対する罪悪感・・・自己嫌悪・・・・で、傷つかなくていいんだ」

「そんなもの感じてない。そんなものじゃ感じない。そんなもの知らない」

「『だってさ、初めて自分が人を傷つけた瞬間を理解したんだよ』」

「知らないって言ってんのに」

「『目の前の人間が自分のなにかで傷ついてることを理解した時、傷つけたくない人だったことも理解した』」

「どうしようもねぇんだって」

「『そしたら急に、不安になって』」

「もう手遅れだよ」

「『不安がわかったら、傷つけたくない人みんなから離れなきゃ』」

「もう終わりなんだよ」

「『ショーゴ……上手に    あげられなくて、ごめんな』」

「無駄なんだよ」


 背中の手を離してほしくて、俺はうつぶせに丸くなって自分を閉じた。

 うつぶせになったせいで、胸の穴に詰めていた砂がサラサラと流れ落ちていく。

 最低だ。これじゃあバレてしまう。
 それでも顔を上げられない。顔の上げ方を知らない。

 けれどあいつらはみんな残酷で──今度はやわく温かい手が、俺の頭をトン、と優しくなでた。


「キョースケ、キモイ」

「咲。イブのあの日……お前は俺と出会った時には、もう壊れてんだな」

「気持ち悪い」

「俺はずっと、咲は審美眼がおかしくなっているんだと思っていた。でも違うんだ。咲には、他の人間みんなが理解できないバケモノに見えているんだろ?」

「なんで」

「それって、怖いよな」

「怖くない」

「咲、本当はずっと、怖がってたんだな」

「怖くないよ」

「誰か助けてって、震えてたろ」

「怖くないんだ。だって俺、恐怖ってどれ? どの感覚?」

「わかんなくてもいいんだよ。感じてるだけでいいんだ。怖くてたまんなくても伝え方がわからない……そんなお前を、俺は掛け値なしに愛してるんだぜ。咲」

「なに、なんで? 金か、わかった」

「ずっと守るよ。もう怖くない」

「全部やるから、どっか、行って」

「『一番きれいな心だったからキョースケの真似をした』」

「お願い」

「『優しい人になれば、俺も普通に誰かを   あげられる人だって証明できるんじゃないかって思って、だから、俺も、俺もみんなと同じ、いっしょになれるような気がした』」

「ダメだって」

「『だけど』」

「ほら」

「『こんなにじょうずに、やれなくて』」

「ほらね」

「『だからもう、優しくしないで』」

「ダメになるんだ」

「『優しくできないから、優しくしないで』」




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