人の心、クズ知らず。

木樫

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第八話 ショーゴと粉雪。

26(side翔瑚)

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 それから半年ほどが経過した。
 家庭教師が終わったあとにたびたび抱かれるようになってから、半年が経ったということだ。

 咲は俺を行きつけらしい友人の両親が営む美容院に連れて行って、髪を切らせた。

 真っ赤な髪をしていると言っていた咲の友人にはちっとも会えなかったけれど、俺は見違えるようにサッパリとした髪型に整えられた。

 目元がよく見えるようになって恐ろしく、落ち着かない。咲が「うん。前よりこっちのが好き。これでよく目が合う」と言ったからなんとか奮い立つ。

 蹴りたくなるから猫背を治せと背を叩かれた日。
 整体に連れていかれて、凝り固まった肩や首を容赦なく解される。

 背筋を伸ばせば少し強くなると薄いウインクで言われたので、社会人になる頃にはすっかり治る未来があるのだ。

 咲は骨が当たって抱き心地がよくないと、やけに健康的な食事メニューと軽い筋トレを教えてくれた。

 どうしてそんなものを知っているのか、と尋ねた答えは「食事は子どもの時、筋トレは今、必ずしなさいってお母さんが」と返ってくる。

 誰よりも強そうな不思議な雰囲気があってもお母さんの言いつけを守るなんて、子どもらしくてかわいいと笑った記憶だ。

 せっせと愚直に食事と運動に励んだ結果、三ヶ月目で一回り程度の逞しさがついた気がする。

 すると咲は「コツコツやんのは得意っぽいな、ショーゴ。サボらなさそーだしジム行かねーでもやれるだけ続けてみ」とトレーニングの継続を勧めた。

 トレーナーを付けなくても真面目にやると評価されてやらないわけがないのに、無自覚に俺をやる気にさせる。

 咲は俺が少しずつ応えると気まぐれに笑って「イイコだね」と頭をなでた。

 たまらない気分だ。
 メキメキと努力を重ねる。

 見た目の他に、中身もたくさん、咲は俺を遊び感覚で変えていった。

 これら全て、俺のためじゃないのだ。

 咲は俺の目を見たいのに俺が逸らすのが気に食わないから髪型を変えて、人の目を見られる性格に矯正する。

 服装がダサくて脱がせにくいから新たな服を与えて、自分で選ぶよう仕込む。

 抱き心地が悪いから肉をつけさせて、猫背は蹴りたくなるから治させる。
 そして押し倒しがいがないから体を鍛えさせた。

 咲は咲のために〝息抜きの暇つぶし〟で俺を変えて、人目が怖くて俯きがちの俺を救いあげてしまう。

 セックスは何度やってもおっかなびっくりで下手くそなまま感度だけを上げられているが、他はずいぶん向上した。

 不思議なものだ。

 オドオドしないように取り繕う術を得て身なりに気を使うと、俺はいつの間にか、実体のある人間になっていた。

 いきがっているのではなく良くなったと言われて、話をするようになると友達ができて、自然と周りに人が増えていく。

 嬉しかった。

 そしてこれは勘違いすることも驕ることもなく、全てのきっかけをくれた咲のおかげだと正しく理解している。

 俺の心は咲に救われた。
 ──俺は咲に恋をしていた。

 半年かけて、自覚した想い。
 年下の男。俺が自ら迫ってしまえば逮捕されたっておかしくない歳の男だ。

 受験が終わると、俺と咲は離れることになるだろう。それを考えると涙が出そうなほど辛く、寂しい。

 変化によって一人じゃなくなっても咲がいなければ意味がない。

 恋しいとは、愛しいとは。

 そういう気持ちなのだ。


『放課後、会いに行ってもいいか?』


 そんな俺が高校の合格発表が終わって間もない日にそうメッセージを送ったのは、心から溢れ出した気持ちを、とどめる術を知らなかったからだった。




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