人の心、クズ知らず。

木樫

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第七話 キョースケと愛し方。

20(side今日助)

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「……咲は、怒らないのかな? 部屋を汚されて、物を投げられて、ムカつかないわけない。ムカついたなら怒るだろ? だって大事なものが投げられて壊れたら、困るから」

「や? めんどくせーなって笑ってただけ。大事なものは……んー……ない。怒るって、なにによ」


 怒りの在り処を探そうと祈るように尋ねると、大事なものはないと断言する咲は、不思議そうに笑った。


「自分で始めといて不満不満不満とか変なの。変なだけで怒ったりしねーよ」

「ん、と……例えば、俺がお前を殴ったとする。理由はない。すごく痛い。理不尽に攻撃された。普通は、怒るんだぜ」

「あはっ、普通って誰基準よ。別に、殴って満足したならいんじゃね。ただ、俺はそのあとお前の腹の中ぶん殴るかんね?」

「うえ、た、例えだからな……?」

「殴ってもいーよ」


 ブンブンと必死に首を横に振ると、ケラケラと笑って別にいいのに、とこぼす。

 たぶん本当にそのくらいじゃ怒らないだろう。ただ面白くはないから、愉快に仕返しをするのだ。

 人をいじめることを楽しんでいるのかとは思うが、人を助けることも多くあるのでそうじゃない。刺激を求めた結果。

 でも咲には感情があまりないから、真偽は不明だ。

 喜怒哀楽が鈍いのか。
 興味や執着が薄いから、それをコケにされても怒りも悲しみも沸かないのか。
 それともその両方なのか、俺にはよくわからなくなった。


「なぁ、俺のなにがダメなのかわかった?」


 ふふふ、と甘ったるい囁き。

 自分でも他人でも、誰かを愛することで付随するようになるものが喜怒哀楽だ。
 四季折々が巡るように自然に湧き上がり、情緒のように他者からの刺激で育つ。

 俺が咲に抱かれて感じる喜び。
 周囲を軽んじることへの怒り。
 心が欠けていることへの哀しみ。
 それでも言葉を交わし、隣にいることへの楽しみ。

 関心が深いほど、全てが鮮明に胸に灯りを灯す。俺の胸は、燃え盛っている。


「ねぇ」


 ──キョースケ、おしえて。

 甘えるようなその声に応える正しい言葉を、俺は持ち合わせていなくて、泣き出しそうな笑顔で誤魔化した。

 そっと腕を伸ばし、愛しくてたまらない溶けたブロンドを抱きしめる。

 湿った肌同士が触れ合う心地よさ。
 抱きしめ返すわけでもなく、咲はされるがままに抱きしめられている。


「咲は、まず一人だけを大事にしてみ? できればほんの少しでも……好きな人が、いい」

「クク、それなんか意味あんの?」

「お前は心の感度がきっととても低いから、自分の中の愛に気づいていないだけかもだろ? 一人だけを続ければ、その人を愛するかもしれないし、その人じゃない、と他に愛する人がいることに気がつくかもしれない」

「〝愛する〟ね。それが俺の足りないナニカ?」

「一人きりじゃ、生きていけないだろ」


 物理的にじゃない。精神の話だ。

 疑問系ではなくあえて断言する。
 ありきたりで賛否両論な言葉だが、蜘蛛の糸で綱渡りをするように危うく、キスで壊れてしまいそうなほど錆び老いた咲の人間には、刷り込むように言う。

 辛くて、悲しくて、どうしようもなくて。

 様々な理由を抱えてたくさんの人が自ら命を断つこの世界に生きて。
 この男は理由もなく、おはよう、そしてバイバイ、とベランダから身を投げてしまいそうな不安定さがあった。


「……俺じゃなくてもいい」


 吐き出した言葉は、思っていたよりずっと震えていた。




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