人の心、クズ知らず。

木樫

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甘話 タツキと泥酔。

03(side蛇月)

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 俺と同じくそれをわかっているらしい女は、首をふるふると横に振り唇を噛み締め、咲の手をギュッと握りしめた。


「あとで絶対に、連絡して……? デートは別の日でいいから、絶対してね……? 明日でもいいの。ほ、本当は予定なんて、いくらでも空けれる。私咲野のために時間作れるから、咲野も私のために連絡して……お願い……いいでしょ……?」

「リョーカイ。あとで死んでもするよ。シホちゃんのために指動かして、シホちゃん誘うために言葉考える。ね」

「咲野……!」

「ありがと。ホント……シホちゃんのそういうとこ、スゲェイイわ」

「ぅ、うん……!」


 咲は振りほどくことなく、ネイルで尖った女の手をスリスリと親指で擦る。
 それから聞き分けよく頷いた女を褒めて、薄い笑みをフッと深める。

 それは全部わざとじゃない。
 咲は素であんな感じ。本心。

 だけど効果抜群だから、ざわざわとした喧騒の中、咲の囁くような優しい声は、女を巧みに追い返した。

 いいな、と思う。
 咲がすると言ったらする。いつするのかはわからないが、必ず連絡するだろう。いいないいな。俺とも約束してくんねぇかな。

 咲が店員や周囲になんでもないと説明する声が聞こえる。咲の声はなんでも聞こえる。俺、スゴイ。

 咲、咲。好き。
 咲大好き。大好きだ。

 ポワポワと心地いい脳みそ。
 アルコールすごい。アルコール。

 だけど俺は悪いことをした。

 咲は束縛を嫌う。自由な咲を俺の欲で繋ごうなんて烏滸がましい。ましてや、咲の遊びの邪魔をするなんて。


「……ぅく、ぅ……」


 叱られることを思うとまた泣きそうになった。
 もしかするともう泣いているかもしれない。目元が熱くてたまらない。

 咲がほうぼうなだめてようやく周囲から人がいなくなったのか落ち着いた場に、ぐす、ずび、と俺の涙声が空回る。

 すると咲が、キツくキツく抱きついて離れない俺の髪を、引きちぎりそうな力で引っ張った。頭が仰け反りそうになる。

 俺はそれでも「ひっゔぐぅっ」と泣きじゃくりながら縋りつき、首を左右に振っていやいやをした。

 怖い、離れたくない、すき。
 さき、すき。


「タツキ」

「っゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……っ、ちゃんとするから、オレ、ぁ……っ、ぅひっく……っ」

「酒クセェな」

「ぁう、ぁ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!」

「あと、うっせー」


 よっ、と咲に抱き上げられながら、俺は必死に泣きながら謝った。

 いつものタツキになれないぐらい頭の中がグズグズで、うまくできない。
 ちゃんとしようと馬鹿な俺なりに考えるけれど離れたくはないし、捨てられるのも嫌だ。

 こんなに我慢できなくてこんなに俺が引っ込まないの、困る。

 涙で乱れた顔でひたすら謝罪を繰り返す俺がめんどうくさくなったのか、咲は俺を抱き上げたまま、どこかに向かって歩き出した。

 咲と向かうならどこでもいい。
 どこへだってついていく。
 だから許して、お願い、捨てないで。

 俺の祈りは切実なもので、募るにつれて腕の力を強くした。

 それからしばらく歩いて、ガラッ、とどこかの個室の戸を開く。

 たぶん咲とさっきの女が通されたはずの座敷だと思う。
 咲は俺を座布団の上に下ろそうとした。


「あっ、やだぁっ、ゴメンナサイっ、ゆるしてオレ、もうしない……っだからやだ、さき、捨てないでぇ……っ」


 赤ん坊を寝かしつけるように下ろされることで咲との距離が離れかけ、途端胸に風穴が開きかけた俺は、涙も鼻水も垂れ流しの酷い顔でヤダヤダと咲の服を掴んだ。

 うわぁんうわぁん。
 咲のシャツの襟口をグイグイ伸ばしながら、声を上げて泣き続ける始末。

 人間の不快な音として泣き声があげられるのだから、咲は今、ずいぶん不快感を感じているはずだ。
 咲は俺が大嫌いになるかもしれない。それくらいダメなことをしている。




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