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第六話 サキとアヤヒサ。
07
しおりを挟む広い言い方で、愛されたいと思うことは人間の本能だった。
愛されたほうが生き残れるというのが太古の昔の本能なら、愛されたほうが生きやすいのが現代の本能である。
自分を肯定してほしい。
様々な意味、状況で。
否定しなければ媚を売ることにしくじることはない。
肯定すると否定しないは同義じゃねーから注意は必要。でもそれだけ。
相手が狂ってなければ、こんなに単純なシステムはないね。
継続するという手間のかかることをしないでその場限りでいいならだけど。人間も馬鹿じゃないから。
俺ちゃんすぐ語りだーす。はずかち。
「そこにあるウニのブルスケッタ。シャンパンに合うから、食べてみ」
サトウさんから視線を外して下らないことを考えていたのは、ほんの数秒だ。
けれどその数秒は興味を失っていたので煽られたらしく、意識を繋ごうと会話を始められた。
俺は茶目っ気と色気を混ぜ合わせて、柔らかく首を傾げる。
「あれは食べさせてくんねーの?」
「……言うなぁ」
「──えーナニナニ? これドンペリじゃねーの!? 咲くん俺にもちょうだい!」
サトウさんが笑った瞬間──空気も読まず背後から俺の首に腕を回して馴れ馴れしくもたれかかってきたのは、ニー。
もー。ほら、サトウさんが喪服についてるベールみたいなアイマスクから面白くないって視線飛ばしてるじゃん。ククク。
チャラついたアクセサリーとスーツにワックス臭い髪と香水臭い体のニーは、バカ丸出しの顔で俺の手の中のグラスを欲しがった。
それをさりげなく避けてから、今度はバカっぽい笑い方をする。
「シャンパンが全部ドンペリって、流石ホスト。ウケるわ。他にもあるだろ?」
「なんかバカにされたんですけどー! てか酒なんか飲めたら全部一緒だしどうでもいいじゃん! 細かいこと気にすんなよハゲるべ~」
「あはっ、褒めてんのー。ドンペリ当たり前に飲めるくらい人気あったんだなーって」
「え~それほどでもないけどぉ~。まぁナンバースリーにはなっちゃってたかな? みたいな? 一ヶ月あればテッペンも取れたし、チョロいもんスわ~」
「あーそれっぽい。髪とかオシャレだしかっけぇし、なんかわかる。てかコミュ強」
「マジ褒めされちったんですけどっ! いやもう咲ちゃんちょっち照れるわっ。俺がかっけぇのは世界の常識ですけどぉ~。あ、ここ笑いどころなんでぇ~!」
「ふっ、いちいち笑かしにくんのつら。アタシドンペリ入れちゃう~」
「ぶはっ! 咲ちゃんノリ良すこっ!」
興味があるとわかるように前のめりに褒めると、酒なのか照れなのかほのかに赤みを増しながら、二ーは上機嫌にケラケラと笑った。
バカだなぁ。見た目だけ上等でニーズに応えるのが下手くそなのがまるわかり。
素直なのか愚直なのか。
プライドと自己評価エベレストなクズの匂いはする。たぶん逆ギレするタイプ。俺の勘はまぁまぁ当たるぜ。
ヒモの素質はあるんだろうけど。
「宗谷くん、シャンパン好きなら黒さんとこ行ってこいよ。黒さんが田中さんに勧めてんのアルマンドゴールドだぜ」
「マージスか! それは知ってるわークソ高いから売上伸ばすのに使うやつーヤバみー! あ、チョッパヤで戻るんでなんか二人開けようとしてたよくわかんないシャンパン? 俺のぶんもおなしゃーす!」
ソーヤってのがニーの名前ね。
ニーでいいや。
サトウさんがにこやかに黒さん──アヤヒサがいる窓際の眺めのいい席を指差すと、二ーは意気揚々と絡みに向かった。
俺はニーの背中を見送ったが、アヤヒサに視線をやらなかった。
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