人の心、クズ知らず。

木樫

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第六話 サキとアヤヒサ。

01

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 ──まさか、一年も前のご褒美を思い出したように求められるとは。

 流石に意表を突かれた。
 それを狙ったものだったなんて、大人というものは小狡いものである。

 シャドーストライプのダークスーツに、濃いめのグレーシャツ。

 胸ポケットにはフリルをたくわえたシルクチーフ。透けるような濃厚な赤に黒糸で刺繍が施されている。心臓に花が咲いてるみたいだ。

 スリーピースのスーツに合わせるのは、チェック柄が入った臙脂のネクタイ。黒の手袋はナッシング。
 後ろへなでつけフォーマルにセットされた髪が気持ち悪いったらない。


「なぁアヤヒサ、俺は真っ黒尽くしにしろっつったよな? スーツ以外不合格きわまりないんですけど。んふふ」


 そんな姿で、人差し指の第二関節を唇をあてて暇つぶしに笑った。


「咲、全てを黒くするのは葬式ぐらいだろう? パーティーは喪服ではいけない。そのくらいあなたは知っているじゃないか」

「関係ないじゃん。アヤヒサは俺の条件を飲んだんだから契約違反だと思うけど、どういうつもりなのかねぇ」


 キルトシートに深く背を預けなおす。
 けれどタイミング悪く、カボチャの馬車が目的地へと到着してしまう。


「そうだな……あの場で頷いたものの、この世界には大人の建前というノイズがあるのだよ。ギリギリの装いで許してもらいたいね」

「んー……いーよ?」


 見上げると首が痛くなりそうなタワーマンションの地下駐車場で、棺みたいな黒光りするベントレーから降りてバンッ! と力一杯ドアを閉めた。

 ウン千万の新型だろうが、俺にはただのカボチャの馬車に違いない。
 消火器振り回して壊すのを我慢しただけ偉いと思う。

 そういう約束だったから。
 ご褒美はちゃんとあげねーと。


「でもこの建前ってかなり高くついてるかんね。破産したら潔く首くくれよ。見ててやるから」


 降りざま言った言葉に、相変わらず無表情のアヤヒサは「あぁ」と頷いたが、それも建前かもしれない。
 済まさないケド。俺、未払いは許さないかんね。ガンバ?

 暇つぶしは本気でするものなのに、それを邪魔するアヤヒサは野暮な男だった。

 柔らかなハニーブラウンの髪をなでつけてべっ甲の眼鏡をかけた、三十も半ばにきてなお衰えのない色男。

 エンパイアミルズのシルバーグレースーツとダークシャツを光沢のある深いブルーのネクタイが引き締め、俺の黒を薄めにかかる。

 まるで俺はアヤヒサのツバメだ。
 見飽きた完璧な姿。つまらない。つまらなければ無価値に等しい。


「まぁ、私と付き合いの長い実業家たちと、不定期に行うただのお遊戯会なんだが……咲の好きそうなパーティーだ」


 そんな不躾なオトナさんは、俺の思考なんて知りもしないで呑気に俺の手を引いて歩き出した。

 はー、そうやってエスコートとかキメられっとグチャグチャって台無しにしたくなる。都会のネオンの前では夜の星空なんて霞んで消えている。そうやって消してやりたい。

 アヤヒサはさ、つまらない。

 気がついたらいたんだよ。いやほんと。だからなんで俺を崇めてんのかマジでわかんねー。

 これから行く金持ちの道楽を象徴したパーティーにも、連れて行かれる意味なんかわからない。

 コイツにとってそれがどうしてご褒美になるのやら。

 アヤヒサの仲間ということはろくな奴らじゃない。とりあえず悪人。
 そういう実業家や投資家共の暇つぶし会場に、異物を放り込んでさ。

 ま、知ってんだけどね。

 コイツが俺につきまとう理由は。

 俺は王でアヤヒサは騎士だけど。
 俺の騎士じゃなくて、神の騎士なわけ。

 わかるだろ?
 わかるよな。ん? わかんない? ハ。

 わかんなくていいよ。
 要するに俺は神の元・愛玩物だっただけのガラクタ人形だけど、コイツはハイテクなオートマタってカンジ。

 気持ち悪ぃの。同族嫌悪ってやつ? てか似てる? 俺ら。

 はー……やってらんね。つまんねーご褒美。もっと俺も楽しめることにしてくんねぇかな。気が利かないよね。

 あぁ、ムカつく。
 めちゃくちゃにしてやる。

 ハイテクオートマタちゃんにはちゃんと緊急停止ボタンが付いているのかもしんないけど、サキちゃんはスクラップ人形なんで、頭の制御装置なんてとっくに壊れてっから。

 やる気ねぇし、ご褒美以外は手抜きでいいかな。あはははは。




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